【2・猫の人と中の人】ネカマ……じゃないよね?1

文字数 2,490文字

 ――自分は淋しい、籠の中の白猫。

 その日の東京は、雨が降っていた。

 日本では、もう雨期に入っていた。

 壁に掛けられた時計の針は午後十時を回り、室内には湿り気を帯びた冷たい空気が満ちている。


 明かりを落とした殺風景な部屋の中で、ベッド脇のサイドテーブルに置いた、読書用ランプの小さな明かりとノートPCから漏れる光だけが、この病室の主の姿をおぼろげに浮かび上がらせている。

やさしいなぁ……商社マンさん。うふふ……
 コントローラーを握るうら若き乙女、塩野義麗しおのぎうららは、嬉しそうにそう呟いた。

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>clock 22:25:39

>Server No.10 : Tricorn

>【North Island】

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うわ~、強化かかってるとこんなに違うんだ……。すごいなぁ……

 自分の分身である、猫獣人キャラが見違えるように強くなったのを目の当たりにして、麗は高位の強化魔法の絶大な威力を噛みしめていた。


 PLパワーレベリングは世間体を気にする日本人プレイヤーの間でモラル的に問題視されることが多い。

 しかし麗が今までこうした恩恵を受けずに来たのは、何もモラルを気にしていたというわけではなく、誰とも絡まずに孤独なプレイを続けてきたからに過ぎなかった。


 ――ふと、Flawの体が光の結晶に包まれた。強化しなおすにはまだ早い。



     * * * * *

Flaw:あれ、なんでですか?
Alphonce:ああ、魔法切れたから、かけなおしてただけ。

こないだのアップデートで修正が入ってね、レベル差が大きいと、すぐに強化が切れてしまうようになったんだ。

気にしないで、どんどんミミズ叩いてていいですよ。時間もったいないから。

Flaw:はーい、ありがとうございます(^_^)
     * * * * *
へー。なんでそんな修正するんだろ。面倒なだけなのに

 麗は画面の向こうの彼のいうままに、どんどん大ミミズを切り倒していった。


 信じられない量の経験値が入り、どんどんレベルが上がっていく。いきなりこんなインフレ状態を目の当たりにして、麗は軽い興奮状態になっていた。


 普段はリスクの低い、弱い相手ばかりと戦っていたため中々レベルが上がらず、業を煮やしてこの島に単独でやってきてしまったが、結果は言わずもがなだった。


 その後、死体のまま誰かを待っていたところ、呑気に釣りなどしにふらふらとやってきた彼、Alphonceに救助されて現在に至る、という次第だ。

あ、もう時間かぁ……。今日はなんか、ちょっと短かったなぁ……

 麗は残念そうにつぶやいた。

 大分調子も上がってきたところだったので、もう少し続けたかったが、さすがにこれ以上起きていると翌日に支障が出てしまう。


 約束の時間になったので、プレイを切り上げることになった。



     * * * * *

Flaw:そろそろなんで、落ちますね。今日はほんとにありがとうございました!
Alphonce:いえいえー。お役に立ててよかったです(^^)/
Flaw:こんなにレベル上がったの、ゲーム始めてすぐ以来です!というか、前にレベル上がってから、もう一週間くらい経ってるかもです・・・
Alphonce:うーん、普段ソロだとつらいですよね。特にこのゲーム、元からPTプレイを前提に設計してあるから、ソロの人には厳しいかもしれない
Flaw:そうなんですか?てっきりひとりでも出来るのかと思ってました。どおりで難しいゲームだと思った(苦笑)でも、それって自分がヘタだからって思ってて・・・
Alphonce:悲しいけど、それが仕様です。特に序盤はそうですよね。軌道に乗るまでが結構大変かもです。孤立無援なのが一番つらい。そういう所・・・かも。
     * * * * *
(この人も、一人で苦労とかしてたのかなぁ……。だからこんなこと……)
 今まであまりゲームそのものや、プレイ効率などについて他人と語ったことがなかった彼女は、ソロプレイヤーにとって必要以上に厳しい環境だったことを初めて認識した。
じゃあ、PT組むのヤな人はかわいそうじゃん

 麗は微妙にむくれ顔になった。



     * * * * *

Flaw:レベル上げるの疲れたときは、ずっと街でお友達とチャットばっかりしてます。もうチャットだけでもいいやって日もありますよ。

最近、なんだかレベル上がるのに時間かかるようになってきたし、お金もないし。

Alphonce:そっかー。俺もレベル上げ行かないでチャットばっかりしてますよ。上げてないジョブもけっこうあるけど、なんか面倒で。

だから、釣りしてたりとか、合成してたりとか。ホントに真面目にレベル上げにも行かないで、毎日プラプラしてます。

     * * * * *
へー……こんな人いるんだ。めずらしい

 ……じゃあ、自分もヘンな子じゃない、普通なんだ。

 麗はそう思えて少し嬉しかった。

     * * * * *
Flaw:レベルこんなに違うのに、あんまり変わらないんですねー(^_^)
Alphonce:獲物と場所が変わるだけで、本質的には結局どのレベル帯でも同じです(-_-)
Flaw:そうなんですか?

Alphonce:……正直このゲーム、何かをするには金や時間やレベルが要りすぎるんですよね。金を稼ぐにはレベルが要り、レベルを稼ぐには金が要り、じゃあ一体どうすりゃいいんだって思うと、あとは時間をかけるしかないときてる。


 ・・・リアルばかりか、こんなところでまで体制批判してもしょうがなかった。・・・すみません。

Flaw:いえいえwあんまり高レベルの知り合いがいないので、参考になります。でも、商社の方って、みなさんそういう難しいこと考えているんですか?w
Alphonce:あははw そんなことないですよ。俺がめんどくさい性格なだけでw まぁ、普段こんな調子で釣りしたり、ふらふらしてるだけなんで、インした時に声かけてくれたら、いつでも手伝いますよー(^^)/
     * * * * *
うっそー! 商社マンさん、やさしーなぁ、ホントに
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登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

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