【3・まちぼうけ】ネトゲ恋愛と公共事業1
文字数 3,906文字
ついおせっかいをしてしまう己の性分が、今は恨めしかった。
神崎青年の日常は、ゲームにかまけていられるほど至って安穏としていた。それはこの国の治安が、GSS社の手によって徐々に安定に向かっている証拠でもあった。
最近神崎は、自社社員からの下らない注文を受け付ける専門の窓口を作り、専用のアシスタントも雇い、更なる効率化を図った。もちろん自分が遊ぶためである。
ちゃっかり社員たちから一口数ドルの手数料を取って、アシスタントの給料に充てているのはご愛敬というものだろう。
既に、仕入れを担当している中東支部とのやりとりは、神崎が勝手に引いた衛星回線を介してオンライン化した。
迅速かつ正確な商品確保は、最早本家の「密林」にも匹敵するほど……は言いすぎだが、辺境のこの国ではそれでも十分だった。
というわけで、朝っぱらからテレビ会議で、親会社の営業に更なる業績アップを言い渡された彼が、次に目を付けたのは公共事業だった。
これなら国民の役にも立てるし金額も大きい。会社は武器じゃなくても物が売れれば満足なのだし、現地の市民を雇用すれば政府や国民にも喜ばれるはずだ。
そう思い立った神崎は、オフィスで会議テーブルを二台くっつけて大きな作業台を作り、使用済みの破った大判カレンダーを裏返して何枚か並べた。
テープカッターから、ビ――ッとテープを引き出しては、手際良くカレンダーをくっつけていく神崎。
セバスチャンもマネをしてテープを引き出したが、
用意したカレンダーを全て貼り終えると、神崎は次の作業を開始した。
まず最初に、国内をウロウロしていて気づいたことをカレンダーの裏に書き出してみた。
主に交通網の不備などだが、手帳のメモや記憶を参照しつつ改めて列記してみると、案外多いことに気づく。
将来絶対に国民生活の支障になるだろう場所もあった。
それを今度は、この国の青焼きの地図の上に逐一書き出す。
地図上であれこれするのは、本来軍人でもある彼の十八番だ。
アナログな方法ではあるが、ある意味「年寄り」な彼にとってはそちらの方が遙かに仕事がしやすかった。
更に現行の自社が行っている復興工事地域や、主要な既存施設を次々と書き込んでいけば、公共事業的視点に基づく、営業戦略マップが完成するというわけだ。
筋肉ダルマのグレッグ隊長が、事務用イスに座ってグルグル回りながら満面の笑みで神崎に訊いた。
指揮所に着いた神崎が、ちょうどヒマを持て余して遊んでいたグレッグに、営業活動への協力要請を申し入れたところだった。
着任早々の警備計画再編の件でグレッグは彼に借りがある。余程の内容でもなければこの脳筋とてイヤとは言えまい。
神崎が一連の仕込み作業を一旦終えた頃には、とうに日が暮れかけていた。
彼が基地に戻ると夕食の終了時間にギリギリで、あやうく食事を片付けられてしまう所だった。
彼は食事を終えてひと息つき、自室に戻るといつものようにネットの世界へと旅立った。
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>Log in time 19:25:13
>Server No.10 : Tricorn
>Welcome back! Alphonce!
>【Port Town】
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From:Flaw
Title:無題
こんばんは。昨日はどうもありがとうございました。
とても助かりました。
ご好意に甘えて、長時間付き合わせてしまい、ごめんなさい。
もうちょっと安全な場所で、一人で頑張ってみようと思います。
釣りのスキル上げがんばって下さいね。
それでは。
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さらっと書いてはあるが、明らかに拒絶を表す内容だった。
神崎は、ソロプレイで思うようにレベル上げの出来なかった彼女を思い、いわば『おせっかい』でPLをした。
しかし、過ごした時間の長さそのものが、彼女にとって負担になってしまったのだろう。
「長時間付き合わせてしまい――」にそれが表れている。恐らく、昨日の晩の神崎は『おせっかい』の加減を間違えてしまったようだ。
もともと、他人の負担になることを重く感じてしまうが故に、ソロプレイの道を彼女は選んだはずだ。
それなのに自分は好意からとはいえ、彼女の心に負荷を与えてしまった――。
そのことを指して、難しい、と神崎は言っている。
ネットの世界では、文字と過ごした時間だけが互いを計る物差しだ。
そこには、思惑を伝えるべき表情や、ボディランゲージ、声色の強弱もなく、関係は些細な事ですぐに壊れてしまう。
過去何度も繰り返してきたが、性根のやさしさだけは如何ともしがたく、結局割りを食うのが分かっていても『おせっかい』がやめられない。
彼は暗澹たる心持ちでベッドの上にひっくり返ると、ベッドサイドに置いてある、空港で買ったあの特別な絵本に手を伸ばした。
中身を読むと余計に悲しくなってしまうので、ページはめくらずにそのまま抱きかかえてベッドの上で目を閉じ、「大丈夫、大丈夫」と、何度も念仏のように唱えた。
戦場では容赦なく敵を殺すのに、些細な事で心を揺らしてしまう。
強いのか弱いのかわからないところが、神崎青年らしさだった。
浅い呼吸をしばらく繰り返した後、ノートPCから、短いベルのような音が鳴った。
――ショートメッセージの着信音だった。
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(▼ショートメッセージを確認)
From:Flaw
Title:無題
Alphonceさん、こんばんは。私のメッセ届きましたか?
いまログインされているのを見つけて、メッセ送りました。
港にいるってことは、今日もあの池で釣りですよね。
私はこれから、実家に帰ります。
釣りのスキル上げがんばって下さいね。
それでは。
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神崎は、慌てて彼女の居場所をサーチした。
……なんだ、同じ場所じゃないか。
――実家に帰るって、まさか、ここから?
実家とは、プレイヤーのスラングでPCの所属国、ホームタウンを意味する。彼女のレベルでは、自分が使用した定期便には乗船出来ない。
きっとダチョウの如き騎乗鳥で、陸路を長々と往くつもりだ。
リアルでも三十分はかかる正にロングドライブだ。