【2・自己顕示欲】国家を玩具にする男1
文字数 2,360文字
基地司令室には、見慣れた副司令と本来の司令官の姿はなく、ふてぶてしい男とその腰巾着と思しき男がいた。
――この男は、あの時の……。
目の前で自分への不快感を露わにした男は、この国に神崎が着任早々に出席した、誕生パーティの主役だった。
つまり、この男が大統領の甥というわけだ。
この地域の男性特有のたっぷりとした口髭をたくわえた、知性のかけらもない贅肉だらけの男だ。
大統領の甥は、ひどく侮蔑の籠もった目で吐き捨てるように言った。
大道芸とは恐らく、宴席で神崎がサズの演奏会をしたことを指しているのだろう。かつての名アーシェクに向かって、まったくもって失礼極まりない物言いである。
国軍のヘルプで参加している以上クライアントの指示に従うのが基本ではあるが、何から何まで指図される言われはないのである。
体のいい捨て駒として扱われる理由はない。
口から出かかる罵声を飲み込んで、冷静に言葉を選んで話を進める。
神崎にはとても苦手な部類の行為だ。
神崎の取り付く島もない。
醜いブタ野郎は、目の前に立っている若者を、研いだばかりの指先でピッピッと追い払った。
猫背の腰巾着男が、司令室のドアを開けて退室を促した。
神崎は憤慨しつつ、黙って頭を下げて司令室を出た。
こんな無能な連中のために、多くの仲間たちが殺されたことは、許しがたかった。その中には、建設に携わった非武装の技術系社員も多く含まれていたのだ。
先刻訪れた仮設の死体安置所には、無数の納体袋が並べられていた。
その中には、神崎が兄からよろしくと頼まれていた、兄のお気に入りの建設技術者もいた。
彼の死が、恐らく兄の逆鱗に触れたのだろう。
テロリストのねぐらを焼き払い、皆殺しにしろ、とまで神崎に命じているのだから。
念のために神崎がドアに耳を当てると、中の会話が聞こえた。
無遠慮な大声だ。耳など当てずとも丸聞こえだったろう。
「司令、あの男の言うことなど、聞く耳は不要ですよ。傭兵など、何人死んだっていくらでも換えはきくのですから」
「そういうことだな、ハッハッハ」
「それよりも、今夜のお食事の件ですが――」
それ以上、聞いてはいられなかった。
ドアを蹴り破って、二人を袋だたきにしてしまいそうだったから。
今は生かしておくしかない。今は――
――今すぐにでも首を刎ねてやりたい。八つ裂きにしてやりたい。
新司令のクズさ加減に彼の腑は煮えくりかえっていた。
しかし、今は耐えるしかない。
空港内の指揮所に戻った神崎は早速、おにぎり友達の元副司令の居場所を探した。今回の騒動の顛末を聞き出すためだ。
居場所はすぐに分かった。彼は場末の基地に左遷されたのだという。
神崎は副官のレイコに指示を出し、急ぎ元副司令の元へ迎えを送った。
指揮所のブリーフィングルームでは、各小隊の隊長を集め、神崎が緊急対策会議を開いていた。
空港施設に適当な広さの部屋がないので、今は大型テントを使用している。
パイプ椅子に座った各小隊長を前に、神崎が現状の包括的な説明を始めていた。
現在我々が直面している危機的状況は、敵勢力の行動の活発化だけではなく、クライアント側による身勝手な行動が引き起こしたものだ。
本来であれば、契約不履行を盾に撤退することも可能だが、今回は日本政府の意向や、我が社が受注した復興事業や開発事業などとの絡みがあって、実質上、撤退は不可能だ
場内がざわざわと騒がしくなった。
この会社の唯一にして最大の弱点、親会社とのしがらみについて知らぬ者が少なくなかったためか、社員たちに動揺が広がっている。
この国の防衛は、新司令官の悪ふざけが原因ででボロが出た状態だ。そこを、今までビビリ上がって大人しくしていた旧来勢力が、大国のテコ入れを受けて息を吹き返した。
私は会長より、この国を、親会社の経済活動を死守せよ、という勅命を受けている。何としてもこの現状を打破し、我が社の事業を成功させなければならない。
急ぎ増援の手配をしているが、それまでは各自の努力に期待したい。
私も諸君らの生命を第一に考え、この戦況を立て直していくつもりだ。どうか私を信じて欲しい
自分を信じろなどと、どの口が言っているのか。
神崎は、ひどく不愉快だった。
己に対して腹を立てていたのだ。
この偽善者、詐欺師め、と。