サメ族

文字数 1,252文字

「こっちです。」
 猟師のタホトが道案内をする。島の岩場をつたっていくと崖に囲まれた入り江についた。他に道はない。そこに一艘の漁船があった。タホトがエンジンをかけると、ゼノとカナタが乗り込んだ。
「皆は、ここで待っていてくれ。」
 そういい残して、3人は沖へ向かった。
 残った者達は思い思いに時を過ごした。

 船は入り江から少し離れたところに来ると速度を落とした。
「この先のいけすにやつはいます。どうやらシャチかクジラに追われて逃げ込んだようですが、獰猛で手がつけられません。」
 海面に何本もの竹が突き出している。網の先の膨らんだほうへ回りこむと、時折一匹の魚が悠然と中を泳いでいるのが見えた。カナタの倍以上の大きさはあるだろうか。ゼノとカナタは手漕ぎのボートに乗り換え、いけすの網に近づいた。ボートに気付いた魚は尾で水面を蹴り、水しぶきを上げた。
「出せ!」
 カナタの耳に叫び声が届く。
「『器』です。」
 カナタはゼノに告げた。尖った魚の背を銀色のうろこが覆っていた。そこに青い目のような縞模様がはっきりと見えた。
「古代ザメだ。」
 ゼノはカナタに静かに答えた。
「出せと叫んでいます。」
 カナタの言葉にゼノは
「出してやるから、おとなしくしろと伝えてくれ。」
 というと、網の出口を解いた。
「お前も『器』か。」
 サメはカナタを睨んだ。
「仲間が集まっている。来てくれ。」
 カナタの呼びかけにサメは無言で皆のいる入り江のほうに泳いでいった。

「オレは、ウシクワール。昔このあたりが静かだったころに、猟師達からもらった名前だ。かつてサメと人間は仲良く暮らしていた。しかし、人間は争い、毒の水を海に撒き散らした。それからはオレたちは人間を避けてきた。オレたち海のものは、海を捨て陸へ行ったものを信用しない。シャチやクジラなど海へ逃げ戻ったものにも心を許す気は無い。」
 サメは鋭い歯を皆に向けて威嚇した。
「だが、助けてもらった恩には報いねばならない。何がいい。魚でもとってこようか?」
 カナタはすかさず
「『器』について知っていることはないか?」
 と尋ねた。サメは少し考えていたようだったが
「オレはあまり知らない。だが、伝承を語り継ぐものがいる。そいつを呼んでこよう。オレが通訳してやる。日が昇るころ戻ってくる。」
 そういい残すと海の中へと消えた。
「海渡りは明日も続く。今日はこの上の猟師小屋に泊まろう。」
 タホトの案内で崖の上にある木造の小屋でその夜は過ごした。

 港から離れたその場所では、波の音と木のざわめきだけが暗闇の静寂の中に響いていた。
 この地の者達は島のことを昔から神大島と呼んでいた。すぐそばに無人島の神小島があるからだ。神小島に住む神様が海の道が現れる時、神大島から海渡りをし、大地を清め、翌日の海渡りで戻られると信じられてきた。神小島へは神が島を離れてる間だけ人の出入りが許されている。ゼノは明日、予言の地であるその小島に皆で出かけると決めた。
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登場人物紹介

ユナ・バーン

カナタの母

サーベル使いで、サーベルタイガー・ユナの異名を持つ

カナタ

『器』の一人

10歳まで山奥に隠れて暮らす

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