木こりと鹿
文字数 1,090文字
エストラットの山奥で木こりをしていたトットは、角に緋色の縞模様のある一頭の牡鹿を見かけた。
「珍しい鹿だなあ。」
トットは手を止めて、鹿の後をついていった。鹿はトットのことを気にする様子もなく、ゆっくりと進み大きな木のそばにある洞窟に入っていった。
「入れそうだな。」
小柄なトットは、慎重に身をかがめ、薄暗い洞窟に入って行った。鹿が立ち止る気配がした。一旦外に出て、火起こしの縄に火打石で火をつけると、再び中へと入っていった。先ほどの鹿の他にもう一頭いた。若い雌鹿のようだ。横たわり、苦しそうにあえいである。牡鹿が心配そうにその体を舐めている。トットは脅かさないようにゆっくりと近づき、雌鹿の体にさわった。ひどい熱だ。よく見ると前足が腫れている。破傷風だ。普段すぐに医者に行けない木こり達は常に応急用にいくつかの薬草や薬を持ち歩いている。かれは患部に薬草を置き布切れで覆った。そして、急いでどこかへ行ってしまった。しばらくすると、息を切らしながら登ってくる若者を連れて戻ってきた。手には大きな黒い鞄を持っている。彼は雌鹿の太く腫れた足を見ると、鞄からメスを取り出した。
「人間用だから、ちょっと時間がかかるかもしれないが我慢しろよ。」
トットが鹿の体を抑える。若い医者は患部を切り開くと傷口を消毒した。
「べ~。」
鹿は痛みに耐え切れず何度も鳴いた。薬を塗り包帯を巻き終えた医者は
「おそらく、罠にかかってできた傷が原因だろう。」
と、言い残し街へと戻っていった。
それからトットは毎日、水を汲み、洞窟にやってきては雌鹿の薬と包帯を取り替えた。牡鹿はせっせと餌の木の実や木の葉を運んでくる。
彼らの介抱によって雌鹿は日増しに元気になっていった。
ある日、トットの元に一羽の鳩が舞い降りた。それはトットが預けている伝書鳩だった。手紙を見た彼は荷物をまとめると、山小屋の中に土や落ち葉を撒き散らし、周囲に油を撒いた。
「これで、犬達は追ってこれないだろう。」
そうつぶやくと、緋色模様の角の鹿が暮らす洞窟へ向かった。雌鹿はすでに走りまわれるほどに回復していた。
「用事ができた。これで、さようならだ。」
そう二頭の鹿に告げると山を下り始めた。しばらくすると後ろから草を掻き分ける音が聞こえてきた。振り向くと先ほどの牡鹿が後をついてくる。
「旅に出るんだ。戻りなさい。」
言葉が通じるか解らなかったが、トットは牡鹿に少しきつい口調でいった。しかし、鹿はじっとトットのほうを見つめたまま動かない。
「好きにするさ。」
トットはあきらめてまた山道を歩き始めた。
「珍しい鹿だなあ。」
トットは手を止めて、鹿の後をついていった。鹿はトットのことを気にする様子もなく、ゆっくりと進み大きな木のそばにある洞窟に入っていった。
「入れそうだな。」
小柄なトットは、慎重に身をかがめ、薄暗い洞窟に入って行った。鹿が立ち止る気配がした。一旦外に出て、火起こしの縄に火打石で火をつけると、再び中へと入っていった。先ほどの鹿の他にもう一頭いた。若い雌鹿のようだ。横たわり、苦しそうにあえいである。牡鹿が心配そうにその体を舐めている。トットは脅かさないようにゆっくりと近づき、雌鹿の体にさわった。ひどい熱だ。よく見ると前足が腫れている。破傷風だ。普段すぐに医者に行けない木こり達は常に応急用にいくつかの薬草や薬を持ち歩いている。かれは患部に薬草を置き布切れで覆った。そして、急いでどこかへ行ってしまった。しばらくすると、息を切らしながら登ってくる若者を連れて戻ってきた。手には大きな黒い鞄を持っている。彼は雌鹿の太く腫れた足を見ると、鞄からメスを取り出した。
「人間用だから、ちょっと時間がかかるかもしれないが我慢しろよ。」
トットが鹿の体を抑える。若い医者は患部を切り開くと傷口を消毒した。
「べ~。」
鹿は痛みに耐え切れず何度も鳴いた。薬を塗り包帯を巻き終えた医者は
「おそらく、罠にかかってできた傷が原因だろう。」
と、言い残し街へと戻っていった。
それからトットは毎日、水を汲み、洞窟にやってきては雌鹿の薬と包帯を取り替えた。牡鹿はせっせと餌の木の実や木の葉を運んでくる。
彼らの介抱によって雌鹿は日増しに元気になっていった。
ある日、トットの元に一羽の鳩が舞い降りた。それはトットが預けている伝書鳩だった。手紙を見た彼は荷物をまとめると、山小屋の中に土や落ち葉を撒き散らし、周囲に油を撒いた。
「これで、犬達は追ってこれないだろう。」
そうつぶやくと、緋色模様の角の鹿が暮らす洞窟へ向かった。雌鹿はすでに走りまわれるほどに回復していた。
「用事ができた。これで、さようならだ。」
そう二頭の鹿に告げると山を下り始めた。しばらくすると後ろから草を掻き分ける音が聞こえてきた。振り向くと先ほどの牡鹿が後をついてくる。
「旅に出るんだ。戻りなさい。」
言葉が通じるか解らなかったが、トットは牡鹿に少しきつい口調でいった。しかし、鹿はじっとトットのほうを見つめたまま動かない。
「好きにするさ。」
トットはあきらめてまた山道を歩き始めた。