スジャーニ

文字数 1,006文字

 虎は母親が子供を育てるため、父親の顔は知らない。しかし、サーカス団で産まれた彼女にとって、両親が揃っているのが普通であった。街の城壁の外で公演の準備をしていたサーカス団のテントを突如激しい風が襲った。大きなテントはバタバタと風にあおられ今にも吹き飛びそうだった。団員達はテントを守ろうと駆け回っていた。動物達は檻に戻され、曲芸の団員も動物使いもピエロまでもが、テントにかかりっきりだった。そんな中、若い団員が虎の檻に鍵をかけ忘れた。両親は生まれて間もないよちよち歩きのスジャーニを連れて檻の外へゆっくりと出た。幸い誰も気付いていない。母親はスジャーニの首をくわえると森へ向かって一目散に走った。
「虎が逃げた!」
 人間が叫んでいた。
「ドン!」
 と、低い音が後ろのほうでした。彼女達が逃げおおせるように、父親が人間の気を引いていたいたのだ。騒ぎを聞きつけてドタドタとやってきた太った団長に襲い掛かろうとした時、団員の銃が彼の胸を貫いた。
 スジャーニには解らなかったが、母親は音の意味を理解していた。

 それから、しばらくは森の茂みに母親と隠れていた。捜索隊の山狩りが続く。人間が近くに迫ってくると朝早く母親はスジャーニを置いて出かけた。陽が沈むころ遠くで
「ドン!」
 という、聞き覚えのある音がした。その後、母親は帰ってくることは無かった。飢えに耐えながら何日も茂みに隠れていると、鼻の突き出した茶色い塊がやってきた。ヒクヒク動く鼻の横には2本の白くて鋭い牙があった。そいつは赤ん坊のスジャーニを見つけると
「ブゴー!」
 と鼻を鳴らして突っ込んできた。スジャーニは逃げた。草むらの中を小さなスジャーニは全力で走った。体の大きなそいつは草が邪魔で速く走れない。スジャーニはふかふかと浮き沈みする草の上を通った。直後、後ろで重たいものが落ちる音がした。
 振り返ると、あの恐ろしい塊は姿を消していた。

 スジャーニを追っていたイノシシは人間の罠に落ちた。ふかふかの草は人間が仕掛けた落とし穴だった。体の軽いスジャーニは落ちることなくその上を通り抜けられた。街の外は夜になると野犬の群れが集まってくる。追われるようにスジャーニは街の中と入っていった。虎の子を見たことの無い街の人々は、白い彼女を子猫だと思った。毎日ミルクや肉の欠片などをくれた。街の野良猫たちも彼女のことを猫だと信じて仲よくしてくれた。
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登場人物紹介

ユナ・バーン

カナタの母

サーベル使いで、サーベルタイガー・ユナの異名を持つ

カナタ

『器』の一人

10歳まで山奥に隠れて暮らす

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