第44話 この体で抱くもの
文字数 2,423文字
──考えたくない。何も。
真白は自分の膝を抱きよせる。ねぇ、りゅかと呼ぼうとして今、自分が一人なのだと気付く真白。当たり前のように隣にいたりゅか。りゅかの存在について考えたことはない。生まれたときから一緒にいることが当たり前だったのだから。
──コンコンッ。
ドアを叩く音がした。あえて、真白は膝に埋めた顔を上げることをせずにいた。
「真白……入るよ」
ポピーの声がして、ドアが開く。
「真白……パジャマの着替え持ってきたよ」
ポピーはにこにこと話しかける。
「ありがとう。でもどうせ汗かいてないし……いいよ」
真白は膝から顔をあげて、ポピーに言う。
「気分転換よ。お花の刺繍入れてみたの」
ポピーは真白のために、刺繍したと告げる。見て見てと促されるが、真白は愛想笑いをした。かなり顔が引きつっていたかもしれない。
ポピーは真白の表情を見て、パジャマをベッドに置いた。そして覚悟を決めたのか、ポピーはおもむろに口を開く。
「ねぇ、真白。魔女さんを頼ってみるべきだと思うの」
ポピーの言葉を受けて、真白は目を見開いた。
「どんな時だって何か方法があるわ。何もせずに真白がいなくなるのは嫌なの!」
そう言うと、ポピーが真白に抱きついた。驚いて固まっている真白。ポピーはそれでも言葉を紡いだ。
「もちろん、りゅかがいなくなるのは嫌! だけど、真白は……真白は友達だから……」
真白は最後の一言に、鼻がつんとなるのを感じた。真白は微笑むとポピーを抱きしめ返した。二人は泣いているのに、なのにとても暖かい雰囲気を醸していた。
§
ポピーがいなくなった後、真白は一人ベッドに横になった。見上げる天井。だけど、彼女の視界には何も写らない。
──あなたは選ばなければならない。
今日のやりとりが彼女の頭の中でリフレインする。
──まだ時間はあるわ。でもこれは契約。誰であっても破ることが出来ないのは、巫女であるあなたならわかるでしょ?
外野が勝手に好き放題言うなと真白は唇を噛む。
──死ぬはずのなかった
真白は寝返りをうった。
──自分は生まれるはずのなかった方の命……。
自分という存在が生まれてしまったとことで、多くの人の
──なら答えは決まってるじゃない。
欠陥品の私ではなく、代理の存在ではなく、
──違う! 僕も、巫女様も真白を生かすために契約したんだ!
──真白、満月の夜まで、まだ時間はあるわ。奥美の巫女が残した想いがあなたに届くことを願ってる。
りゅかと魔女の言葉を思い出す。だけど少しだけ相手の考えに思いを巡らせよう。巫女とりゅかの願いとはなんだ。
──果たして、私を生かすことだけが願いだったのだろうか。
ウィザードと、領地を守る巫女。二人にも抱えている立場。守らなければならない存在が他にも沢山あったはずだ。
──ましてや、人の生死に干渉して、他の誰かがその歪んでしまった運命に巻き込まれることなど……。
真白はハッとした。二人が真白一人の運命を変えたのは大きな決断だったはずだ。真白一人を助けるためなんかじゃないとしたら。
──真白これだけは信じてほしい。僕が幽霊になってでも叶えたかったのは、真白の母上と約束したのは、決して復讐なんかじゃない。真白と僕の大切な人を守ることなんだ。
りゅかとの会話、りゅかが幽霊になった理由を思い出す。
──えぇ、だから時間を与えたの。魔術を、世界の
真白はベッドの上で勢いよく、上半身だけ起き上がった。そこには先ほどまでの憂鬱な顔をした少女はいない。
──どんな時だって何か方法があるわ。何もせずに真白がいなくなるのは嫌なの!
何か理由が、方法があるはずだ。生き残る未来のために、まだあきらめちゃダメだと自分を鼓舞させた。
§
翌朝。
「真白……入るよ」
ポピーはいつものように、真白の着替えを持って部屋を訪ねた。真白が以前に着ていた服の方が、着るのが難しそうなのに真白はドレスに苦戦してしまうのだ。特にコルセットを緩めて着てしまうため、ポピーが着替えを手伝うのが日課になってしまった。
「真白、起きて!」
朝が弱い真白を起こそうと、ポピーはベッドに歩いていく。そこには朝日に照らされた真っ白なシーツがキレイに伸ばされていて、掛け布団が畳まれているだけだった。窓から指す日の光が暖かい。ポピーは空になったベッドを見つめながら微笑んだ。
§
書斎で魔女はコーヒー片手に読書をしていた。窓から差す朝日がまぶしい。晴れているのねと魔女は窓を見たが、すぐにコーヒーを置くため、テーブルに視線を戻す。彼女はテーブルにある受け皿にコーヒーをおくと足を組みながら、ページをめくる。
コーヒーを置いたことで暇になった片方の手で頬づえをつこうとして辞めた。誰かが入ってきたからだ。そして入ってきた人に対して振り向いた。
「おはよう、真白」
魔女は微笑む。そこには緊張しているのか、背筋を伸ばし、固い表情の真白がいた。