第59話 優しい兄たち
文字数 1,756文字
「あれ、りゅかは?」
真白は上半身だけ起こすとかけてくれていた藍色の上着がばさりと落ちる。だが真白はそれに構わず、周りを見回した。桜の木の根元で眠っていたらしい。真白の下には武黒の黒い上着が敷かれていた。ちなみに、このかけてくれた物は蘭丸のものである。
「誰だそれ?」
武黒はつっけんどんに返す。蘭丸も不思議そうに見つめていた。穏やかな春の空気が優しく包んでくれるのに、真白の心は冷えていく。
──そうか。りゅかはいないんだ。
真白は涙目になる。春のむせかえるような芝生の臭いがうっとうしい。もう彼はいないんだ。
「おい、どこか痛むのか?」
だが、武黒は急に泣き出した真白を心配そうに見つめる。蘭丸がさっと手拭いを渡してくれたので、真白はそれを礼を言ってから受け取った。そして、手ぬぐいで涙を抑えようとうつむくと武黒の腰に差してあった凰龍が目に入る。その時だった。
──真白……。
少女の声が確かに聞こえた。真白は顔をあげて、武黒を見つめた。
「兄上、私に凰龍をください」
真白は真剣な顔で武黒に言った。突然の発言に武黒は真白を凝視する。
「はぁ?」
武黒も蘭丸も真白が先ほどから何を言っているのかわからず、怪訝な顔をして真白を見つめている。だが、真白はなりふり構ってなどいられない。
「凰龍に大事な人がいるんです!」
真白はお願いしますと必死に頭を下げた。だが、術者ではない武黒は違う意味で受け取ったらしい。
「また変な奴がでてくるのか。祓ってくれ!」
武黒は慌てて、凰龍を鞘ごと真白に渡した。真白が受け取ろうとしたその時だった。真白が鞘に触れた指先から赤い光が放たれると、魔法陣が三人を包む。武黒と蘭丸はすぐに立ち上がると剣を引き抜く。お互いにぶつからないよう、そして何より真白に当たらないように少し距離をとる武黒と蘭丸。だが物騒な雰囲気にも関わらず、真白は刀を握りしめ微笑んだ。真白の前に人の形をした光が現れる。真白は座ったままその光を抱きしめた。やがて魔法陣の強い光が収まる。
「ポピー!」
真白の膝の上に同じくらいの背丈の女の子が向き合うように座っていた。ローブから見える赤い目を見て、真白は抱きつく。
「真白!」
ポピーも抱き締め返す。あまりにもポピーが飛びつくので真白は押し倒されてしまった。でも真白は笑っていた。
「なんだこりゃ?」
「怪しい者ではないみたいだが……」
武黒と蘭丸は鳩に豆鉄砲でも喰らったような顔で二人を見つめた。どう見ても魔術師のローブを着てる上に、中から赤い目だけが光ってる時点で怪しいのだが、二人は巫女に仕えているだけある。すぐにこれは大丈夫と判断して、刀を鞘に納めた。
「真白ちゃん、お友達?」
蘭丸は真白に訪ねる。すると、真白は元気にうなづいた。久々に見た真白の子どもらしい笑顔に蘭丸はつい表情をゆるめてしまう。
「だが真白。凰龍はどこに行ったんだ!?」
武黒はぼりぼり頬を掻きながら聞く。
「凰龍は彼女なの!」
真白は満面の笑顔で告げた。
「はぁ?」
無論、武黒から本日二回目のはぁ? が聞けたのは言うまでもない。更に言うと、武黒の盛大なはぁ? がこの原っぱに響いたのだった。
§
大きな道を二匹の馬がゆっくり歩いていた。遠くの山から射す夕日が馬に乗る四人を優しいオレンジ色に染める。
「兄上、いいんですか?」
真白は武黒と一緒の馬に乗っていた。後ろにいる武黒を見上げて声をかけたのだ。
「お前がこの子のままがいいって言ったんだろうが」
武黒はぶっきらぼうに返す。それを蘭丸は微笑んで見ていた。蘭丸の馬にはポピーが乗っている。
「大丈夫? 馬に乗るの初めてだよね?」
蘭丸は優しく声をかける。ポピーは蘭丸の優しい物腰に顔を赤くしているのか、うつむいた。赤くしてもわからないのだけど。
「それによ、凰龍が無くたって、あの龍の牙でまた新しい刀を作ればいいだろ」
武黒は相変わらずぶっきらぼうな口調だ。だけど、その顔は少し満足そうだった。