第46話 あなたにあげたいけど
文字数 2,158文字
「私の質問は二つあります。一つは、りゅかはなぜ契約をしたのですか? 彼は生きたいとは思っていないようですが……。そしてもう一つ、最後に母は何を考えて契約したのでしょうか?」
真白は言い終わると、背筋を伸ばして魔女を見つめた。真白が聞きたかったことは、ここに来て契約について知って疑問に思ったことである。
──なぜ魔女はこの狭間と呼ばれる場所にわざわざ招いたのか。
どちらかが生きる選択をするだけなら場所はどこでもいいはずだ。しかもりゅかと真白、どちらの味方でもないという。
──そして何より、母とりゅかの願いは何?
真白だけを助ける為ではないとしたら、真白と誰を助けたかったのか。
「どれも即答は難しいわね。それに魔術の考え方をまだあまり理解していないあなたにもわかるように説明しないといけないわね」
魔女はコーヒーのおかわりを魔法でポットが注いでいくのを確認しながら話した。注がれた暖かなコーヒーに一口、口をつけてから、真白に視線を戻す。
「まず、あなたの前世であるりゅかもまたドラゴン、あなたの世界でいう龍だったのよ。ご存じの通り、ドラゴンは高い魔力を持っている。だからその魔力ほしさに、ある魔術師達がりゅかを殺そうとしたの」
真白はりゅかの言葉を思い出した。
──この力がなければ僕は死なずに済んだんだけどね。
りゅかの強い力だけではダメだという教え。それは自分が強い力があったゆえに殺されたからとはなんて皮肉なんだろう。
「だけどね、りゅかは未来を予知することが出来たの。奥美の巫女も出来たわ。だから自分と大切な人たちが死ぬ未来を予言してしまった。あなたの屋敷が攻められたときみたいにね。だからりゅかは自分と家族を守ろうとして、奥美の巫女に龍の力をあげたの。彼女も欲していたから」
奥美の巫女という言葉に真白はビクリと反応した。
「だけど、結果としてりゅかは殺されてしまった。大切な人も一緒に亡くなる未来は防げたけどね」
魔女はカップを手に取るとコーヒーを飲んだ。
「なぜりゅかは魔術師たちに渡さずに、私の母には渡したのですか?」
真白は質問した。譲渡できる力なら、無条件に降伏すればよかったのではないかと思ったからだ。
「奥美にすでにある凰龍を守る必要あったから。とにかく敵に龍の力を渡すわけにはいかなかった。龍の力を渡したくなかった二人の利害が一致したの。だから私は二人を紹介した」
──凰龍もまた、龍の力が宿った剣。
そこまでして強い力を欲した魔術師達。母は奥美を守るためだけに契約したのだろうか。
「巫女の願いは、自分の子ども達を守ること。きっと奥美までは守りきれないとふんだのね。巫女と領主は子ども達がいずれ大人になって復興してくれるであろう未来に掛けた。それにもう一つ理由があるわ……」
魔女は二人の願いはすべて、敵に龍の力を渡さないことだけではないと言う。
「巫女はりゅかを助けたかったのよ。これはりゅかも知らないことだし、彼には内緒にしておいたほうがいいわね」
なぜという顔を真白はした。
「彼は大切な人が死なずに済んだ時点で契約した目的は果たせてしまってるし、真白に負担をかけることを何よりも嫌がっているから」
りゅかの願いは、真白も含めて大切は人が不幸にならないことだけなのだと魔女は言う。
「巫女の願いは、りゅかも真白も救うこと。だからりゅかに真白の師匠になるよう頼み込んだの。りゅかの契約は魔術師達から真白を守ることだけだったから」
真白がハッとした顔をした。魔女は微笑む。
「そう、巫女としての考え方と魔術の考え方を学べば、二人の納得する答えが見つかるかもしれない。巫女はあらゆる可能性にかけたの。子ども達が生きていれば、未来を変えられると信じたのよ」
真白の顔が明るくなる。母はどちらかを殺そうとした訳ではなかった。二人とも救う道を模索していたのだ。
「そして、最後に私が招いた理由は、巫女の信じた未来が実現するのか興味があったから。あなたの巫女としての力を見込んで、答えが見つかるようお手伝いしようと思っていたの」
それに、あなたの体も限界が近づいていたしと魔女は付け加えた。今、りゅかと真白が体に戻れば数年も経たないうちに死ぬという。気付かないうちに弱っていって、最後には二人の魂によって削られた命は突然倒れて、最後は寝たきりになって衰弱していく。
「十二年間という契約自体、かなり命を削るギリギリの時間だった。だからりゅかは真白の体に負担をかけないよう、強い魔法は極力使わなかったし、真白に教える力も負担がかからないものばかり教えていたわ」
真白は泣くまいと思っていたのに、静かに涙を流していた。母が二人を救う未来にかけたこと、そしてりゅかがどれだけ真白のことを考えてくれたのか知ってしまったからだ。
──二人で消えてもいいよ。でも、今はまだ、あきらめたら、母上とりゅかが怒っちゃうよね。