第43話 慟哭する心

文字数 1,215文字

──一番ハサミに近いのも自分か。

 今、部屋にいる人の立ち位置をさりげなく確認した。これは癖みたいなものだ。いつもは人の立ち位置に加えて避難経路を確認するのだけれども。

──冷たい、床の感触、棺の感触。

 この狭間と呼ばれる空間は人の体と魂の感覚が曖昧なのだ。体のない自分がこの腕で、この手のひらで確かに感じるひんやりとした感触。真白は動いた。

「真白っ!」

 床に叩きつけられる高い金属音、りゅかは叫ぶより先に体が動いていた。

「真白お願いだから!」

 りゅかは真白の体に覆い被さる。りゅかの左手は、彼女の頭を庇うように下敷きになり、右手で彼女の左手首を床に抑えていた。

「……真白!」

 ポピーは口を両手で覆いながら、やっとのことで微かに声を出す。真白の左手に握られていたのはハサミ。

「りゅかは死ぬはずのなかった命でしょ! 私は違うの!」

 真白は涙でぐちゃぐちゃになった顔で叫ぶ。

──双子みたいなのに正反対だよね。私は生まれるはずのなかった命なんだから。

真白が右手に持ち替えようとしたため、りゅかも左手をだし、右手を握り床に抑えつける。

「違う! 僕も、巫女様も真白を生かすために契約したんだ! それに武黒はどうなるんだよ!」

 りゅかは暴れようとする真白を抑えながら叫んだ。

「りゅかは死ぬはずなかったんだ! 母上も父上も…なんで私なの! なんで私が生まれたのよ!」

 真白は叫んだ後、りゅかの悲しそうに見つめる瞳と目があってしまった。無言なのに、何とも言えない深い悲しみがそこにあった。真白はしなしなと心がしおれたかのように大人しくなる。

「うっ……うぅ……」

 代わりに溢れてくるのはやり場のない怒りにも似た悲しみ。感情だけが溢れていく。真白は動くことなく、ただすすり泣くことしかできなかった。ポピーが慌てて駆け寄り、ハサミを真白の手からゆっくり離した。残ったのは、床に寝転がったまま天井を見つめる真白と立ち上がったりゅか、無言のままうつむいている魔女とポピーがいるだけだった。
 
 §
 
 しばらくして、真白が少し落ち着いてきた。

「真白」

 りゅかはそう言って真白を起こそうと手を差し出す。しかし泣き止んだばかりの真白はりゅかを一瞬だけ見ただけで、すぐに目を反らした。

「魔女さん、もう大丈夫だよね? 真白を部屋で休ませたいんだ」

 りゅかが少しだけかがんだ姿勢で真白を見つめたまま、魔女を見る。

「えぇ」

 魔女の返事を聞くと、りゅかは真白を抱き上げた。両手がふさがったりゅかのために、ポピーはついていく。

「真白。満月の夜まで、まだ時間はあるわ。奥美の巫女が残した想いがあなたに届くことを願ってる」

 魔女はそう言うと、りゅかに下がっていいと告げた。りゅかは巫女の名前に嫌な顔をしたが、それは一瞬だけだった。りゅか達は部屋を出ていった。
 
 
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登場人物紹介

武黒~ぶこく~

真白の兄。職業は侍(サムライ)。

身長187cmの大柄な男性。剣術の使い手。

性格は乱暴だが良い兄であり、仲間思い。国内最強の侍のはずなのに、なぜか月佳姫にだけは逆らえない。

真白~ましろ~

白い龍の化身であり巫女。

身長130cmの12歳。普段は巫女袴や狩衣を着ている。

兄は2m近くあるのにも関わらず、なぜか伸びない身長に悩んでいる。

異世界でドレスを着せてもらったら、本当に歩くお人形さんみたいになってしまい、ポピーと魔女さんの着せ替えごっこに付き合わされている。

りゅか

実は当代随一の巫女を凌ぐ実力だった真白のお師匠さま。自称幽霊。本来、まだ死ぬ運命ではなかったらしいが…。

身長135cm。

月佳姫~げっかひめ~

当代随一の巫女。おっとりした女性。武黒の幼なじみ。

酒・賭博・喧嘩な武黒に時には苦言を呈することも。怒らせると怖い。実は武黒達のために厳しい修行に耐え、当代随一と呼ばれるほどの実力者になった努力家。

魔女さん

妖艶な謎の女性。どの世界にも属さない狭間と呼ばれる世界に住んでいる。普段は狭間にある荒野の洋館にポピーと二人暮らし。りゅかと仲が良いようだけど…。お酒と本が好きな美女。

蘭丸~らんまる~

東見(あずまみ)の領地の次男。武黒達の幼なじみ。武術に秀でている。弓と剣術の腕はなかなかのもの。ちなみに身長183cm。

困った兄弟達に悩まされている。

藍炎~らんえん~

東見(あずまみ)の領主。蘭丸の兄。

物腰はやわらかいのだが、女性好きであり、実際、よくモテている。

かなりの酒豪でザルを越えてワク。


陵王~りょうおう~

東見の長女。藍炎と蘭丸の姉。

剣術に優れる。無類の酒好き。

残念な美女。

ポピー

魔法のローブをかぶっているが、おそらく身長は真白と変わらないくらいだろう。魔女さんと二人暮らし。ちなみに身長はローブをいれて135cm

文太~ぶんた~

真白のお友達。術者見習い。

奥美(おうび)の巫女

故人。真白たちの母。

黒い龍

狭間に棲む黒い龍。烏に似た翼が生えている。怨念に近い想いを抱いて奥美の村を襲いはじめるが…。人間を襲う理由は食べるためなのか、恨んでいるのかは不明。真白が救いたいと願った人でもある。

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