第4話 龍の牙

文字数 1,515文字

 夕餉(ゆうげ)が終わった後、真白と武黒は謁見(えっけん)の間で正座していた。

 人払いをしたからか。誰もいないことが、この部屋のだだっ広さを強調させている。畳を敷き詰めた部屋に、一段高い主が座るべき畳の空間があった。普段はこの上座と下座を隔てるように御簾(みす)をかけるのだが、今日は御簾があがっている。

 そして、そこに正座するこの城の主、月佳姫はいつもにこにこしているのだが、珍しく改まった表情をしていた。

「私には開けることが出来ないようです」

 月佳姫の術をもってしても開けられない箱。武黒も真白も険しい顔でそれを見つめていた。

 しかし、りゅかは真白の斜め後ろに立ったまま余裕の表情で箱を見つめていた。
──真白、この箱を開けてみて。
 頭のなかにりゅかの声がした。真白ははっとした顔をする。振り返ることなく真白も彼に応える。
──でも……。
 真白の返事にりゅかは彼女の右肩に手を置いて微笑んだ。
──大丈夫、龍である真白なら開けられる。
 真白は黙ってうなづいた。

「真白、何かわかったのですか?」

 向き合って座っていた月佳姫は真白の様子にすぐ気がついた。
「奥美の龍である私に試させていただけませんか?」
 真白は月佳姫をまっすぐ見つめた。月佳姫の顔が明るくなる。

 それを見て真白は、目を閉じてから両手を合わせた。真白から白い光が放たれる。真白のいる空間だけが、景色が歪んでいく。真白という人間の体と龍の体が重なった時だった。
──かちゃ。
 木の箱から確かに音がした。景色が一瞬にして戻ったのと同時に真白は目を開けた。

「術は解けたみたいだな。俺か真白が開けた方がいいのか?」

 武黒は術には(うと)いので、おそるおそる口を開いた。箱を開けて何か恐ろしいことが起こるかもしれない。兄なりの気遣いである。

「兄上、お願いします」

 真白は兄の言葉に甘えることにした。兄なら鬼がでようが蛇がでようが叩き切ってくれそうだ。武黒は木箱の上蓋を静かに開く。

「なんだこれ?」

 中には白くて尖った大きな獣の歯のようなものが一本だけ入っていた。それもかなり大きな獣だろう。例えば真白のような。

「これは龍の牙」

 月佳姫は心なしか興奮ぎみに話した。それを聞いた武黒もでかした真白とガッツポーズをした。

 だが真白は顔をしかめている。
「私の牙……」
 もしかして私の乳歯だったりしないだろうか。確かに薬など高値(たかね)で取引されるような代物ではあるが、兄から聞いている両親の性格では、初めて歯が抜けた記念にと保存していそうだ。

 いや、さすがに龍とはいえ赤ちゃんだ。こんなに大きな歯ではないだろう。真白の顔ほどの長さがある歯が龍の赤ちゃんの牙な訳ないだろう。多分。

「ふふふ、真白のではありませんよ。昔々に棲んでいた奥美に伝わる龍のものです」

 月佳姫は愛用している桜が描かれた扇子で口許を隠した。真白が頬に両手をあてて、痛そうな顔をしているのが面白かったのだ。真白は恥ずかしくなり、話題を変えることにした。

「しかし、なぜ奥美に棲んでいた龍の牙を見て喜ぶのです?」

 真白にとって率直な疑問。しかし武黒と月佳姫は知らなかったのかといわんばかりに驚いた顔で真白を見た。

「知らなくても無理ないかもしれませんね。真白が幼いときに凰龍は奪われてしまったのですから。凰龍は龍の牙を鉄に混ぜて作られたのです。だからこれで凰龍に継ぐ刀ができるやも知れません。」

 月佳姫はぽかんとした表情をしている真白に向けて微笑むと、奥美に伝わる刀にまつわる伝説を話し始めた。
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登場人物紹介

武黒~ぶこく~

真白の兄。職業は侍(サムライ)。

身長187cmの大柄な男性。剣術の使い手。

性格は乱暴だが良い兄であり、仲間思い。国内最強の侍のはずなのに、なぜか月佳姫にだけは逆らえない。

真白~ましろ~

白い龍の化身であり巫女。

身長130cmの12歳。普段は巫女袴や狩衣を着ている。

兄は2m近くあるのにも関わらず、なぜか伸びない身長に悩んでいる。

異世界でドレスを着せてもらったら、本当に歩くお人形さんみたいになってしまい、ポピーと魔女さんの着せ替えごっこに付き合わされている。

りゅか

実は当代随一の巫女を凌ぐ実力だった真白のお師匠さま。自称幽霊。本来、まだ死ぬ運命ではなかったらしいが…。

身長135cm。

月佳姫~げっかひめ~

当代随一の巫女。おっとりした女性。武黒の幼なじみ。

酒・賭博・喧嘩な武黒に時には苦言を呈することも。怒らせると怖い。実は武黒達のために厳しい修行に耐え、当代随一と呼ばれるほどの実力者になった努力家。

魔女さん

妖艶な謎の女性。どの世界にも属さない狭間と呼ばれる世界に住んでいる。普段は狭間にある荒野の洋館にポピーと二人暮らし。りゅかと仲が良いようだけど…。お酒と本が好きな美女。

蘭丸~らんまる~

東見(あずまみ)の領地の次男。武黒達の幼なじみ。武術に秀でている。弓と剣術の腕はなかなかのもの。ちなみに身長183cm。

困った兄弟達に悩まされている。

藍炎~らんえん~

東見(あずまみ)の領主。蘭丸の兄。

物腰はやわらかいのだが、女性好きであり、実際、よくモテている。

かなりの酒豪でザルを越えてワク。


陵王~りょうおう~

東見の長女。藍炎と蘭丸の姉。

剣術に優れる。無類の酒好き。

残念な美女。

ポピー

魔法のローブをかぶっているが、おそらく身長は真白と変わらないくらいだろう。魔女さんと二人暮らし。ちなみに身長はローブをいれて135cm

文太~ぶんた~

真白のお友達。術者見習い。

奥美(おうび)の巫女

故人。真白たちの母。

黒い龍

狭間に棲む黒い龍。烏に似た翼が生えている。怨念に近い想いを抱いて奥美の村を襲いはじめるが…。人間を襲う理由は食べるためなのか、恨んでいるのかは不明。真白が救いたいと願った人でもある。

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