第30話 茶屋での立ち話

文字数 1,796文字

 武黒は顔をしかめながら、馬を走らせていた。大きな道とはいえ、周囲にはのどかな田園風景が広がっている。

──頭痛ぇ……。

 だが彼は頭痛と吐き気と戦っていた。もちろん原因が馬を一晩中飛ばしたことによるものではないことは言うまでもない。まだ朝なのに、遠くで子ども達が歌を歌っている。その甲高い声がやけに武黒の頭に響いた。

──うぜぇ。

 普段だったら気にしないこと、全てがうざったい。仮眠もとらずにここまできたのだ。イライラとだるさと眠気が混じって、泣く子も黙る究極のしかめっ面を武黒はしていた。

「なぁ、武黒。あの茶屋で休憩にしないか」

 後ろからいつもよりもっと声が低い蘭丸が話しかける。彼もまた、吐き気やら頭痛やらと戦っているのだろう。確かに少し遠くに瓦葺き屋根の茶屋が見える。茶屋とは町外れの大きな道沿いにある旅人と馬の休憩場所のことだ。もうすぐ本日のお宿、宿場町と呼ばれる宿や飲食店がたくさんある旅人や城の従者のために整備された町が近いのかもしれないが、武黒もその前に休みたかった。

──元もこうも、出発まで酒飲ませるバカどものせいだ。 

 簡単に殴れる相手ではないことは知っている。更に言えば、元先輩と、我が主でもある。
だが、一発殴りたい。乱闘になろうと構わない。ただただ殴りたい。武黒は心のなかで悪態をつきながら、茶屋まで馬を走らせると、茶屋の少し手前で馬を停めて降りた。

 後ろを見るとやはり物騒な顔をした蘭丸がいた。
──同じ事を考えてやがんな。
 二人は顔を見合わせ、お互い思っていることは一緒だと悟った。
 
 武黒と蘭丸は馬を紐で結ぶと、店の人から馬用の餌と水をもらった。そして、二人も茶屋の店先にある赤い布を敷いた椅子に座る。

「団子四本でいいのかい?」
 店のおばちゃんは、はきはき話しかけてきた。いかにもおしゃべりが好きそうな感じだ。
「あぁ、頼む」
 蘭丸が言う。いつもなら年齢問わず女性相手に笑顔の蘭丸もさすがにテンションが低い。

──お茶がしみる……。

 二日酔いの時に飲むお茶はなんて優しい味がするのだろうか。武黒と蘭丸はお団子を待つまでの間、終始無言でお茶をすすっていた。その時だった。中年の男が馬を止めると店の奥を覗きこんだ。

「おばちゃん、団子二つ!」
 そう叫んでから、中年の男は蘭丸の隣に座った。普段の服装だったらこの男も隣に座ることはなかっただろう。武黒たちはいかにも旅人という感じで、わざと粗末な衣を着ていたからだ。それに加えて、二日酔いと徹夜のダブルパンチで城の(サムライ)の威厳などどこにも残っていなかったのもあるが。

「団子お待たせ。あら、あんた。奥美の旦那じゃないの」

 武黒達に団子を持ってきたおばちゃんが、中年の男を見て笑顔になる。武黒達は表情を変えることこそなかったが、二人の会話に聞き耳をたてることにした。

「いやぁ、早馬(はやうま)を任されちまってね」

 中年の男は人の良さそうな顔で苦笑いをしている。

「なんだい。早馬なんか飛ばさなくても術者様にお願いすれば、すぐ城に報告がいくだろうに」

 おばちゃんはお盆を両手で持ったまま中年の男の前に立つと、二人は立ち話をはじめた。

「それが……術者様がやられちまってね。『真白様』をとめようとしてね……」

 蘭丸が一瞬睨みそうになるのを、武黒がさりげなく脇を肘で小突く。蘭丸が武黒を見ると、わざと着けている眼帯とは逆の右目がだまっておけと伝えていた。蘭丸はともかく、武黒は顔を知られている可能性もあるのだ。目立つことはしたくないのだろう。

「まぁ!」
 おばちゃんは驚きのあまり、お盆で口許を隠しながら、中年の男を見つめていた。
「それに城下町なら食糧も薬も沢山あるだろって買い出し頼まれたんだよ。山で龍が暴れてるんじゃ、狩りどころか薬草も採ることが出来ないからね。」
 中年の男と店のおばちゃんの会話は気付けば世間話になっていった。

「ごちそうさま」

 蘭丸がそう言うと、二人はお代を椅子の上に置いて立ち上がった。手早く馬を結んでいた紐を外すと、馬にまたがる。

「あんたら、北に行くのかい。気を付けなよ」

 おばちゃんは椅子に置いてあったお金を受け取ると武黒達に声をかけた。蘭丸はぶっきらぼうに片手をあげた。
 
 
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登場人物紹介

武黒~ぶこく~

真白の兄。職業は侍(サムライ)。

身長187cmの大柄な男性。剣術の使い手。

性格は乱暴だが良い兄であり、仲間思い。国内最強の侍のはずなのに、なぜか月佳姫にだけは逆らえない。

真白~ましろ~

白い龍の化身であり巫女。

身長130cmの12歳。普段は巫女袴や狩衣を着ている。

兄は2m近くあるのにも関わらず、なぜか伸びない身長に悩んでいる。

異世界でドレスを着せてもらったら、本当に歩くお人形さんみたいになってしまい、ポピーと魔女さんの着せ替えごっこに付き合わされている。

りゅか

実は当代随一の巫女を凌ぐ実力だった真白のお師匠さま。自称幽霊。本来、まだ死ぬ運命ではなかったらしいが…。

身長135cm。

月佳姫~げっかひめ~

当代随一の巫女。おっとりした女性。武黒の幼なじみ。

酒・賭博・喧嘩な武黒に時には苦言を呈することも。怒らせると怖い。実は武黒達のために厳しい修行に耐え、当代随一と呼ばれるほどの実力者になった努力家。

魔女さん

妖艶な謎の女性。どの世界にも属さない狭間と呼ばれる世界に住んでいる。普段は狭間にある荒野の洋館にポピーと二人暮らし。りゅかと仲が良いようだけど…。お酒と本が好きな美女。

蘭丸~らんまる~

東見(あずまみ)の領地の次男。武黒達の幼なじみ。武術に秀でている。弓と剣術の腕はなかなかのもの。ちなみに身長183cm。

困った兄弟達に悩まされている。

藍炎~らんえん~

東見(あずまみ)の領主。蘭丸の兄。

物腰はやわらかいのだが、女性好きであり、実際、よくモテている。

かなりの酒豪でザルを越えてワク。


陵王~りょうおう~

東見の長女。藍炎と蘭丸の姉。

剣術に優れる。無類の酒好き。

残念な美女。

ポピー

魔法のローブをかぶっているが、おそらく身長は真白と変わらないくらいだろう。魔女さんと二人暮らし。ちなみに身長はローブをいれて135cm

文太~ぶんた~

真白のお友達。術者見習い。

奥美(おうび)の巫女

故人。真白たちの母。

黒い龍

狭間に棲む黒い龍。烏に似た翼が生えている。怨念に近い想いを抱いて奥美の村を襲いはじめるが…。人間を襲う理由は食べるためなのか、恨んでいるのかは不明。真白が救いたいと願った人でもある。

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