第40話 魔女の追憶
文字数 1,275文字
「あの子が亡くなったわ」
魔女は鏡に向かって話しかけた。長い黒髪を無造作におろしたまま、鏡を見つめる魔女。
とはいっても、この金の装飾が施された姿見に写るのは自分ではなく、眠る赤子を抱く女性。背景もこの部屋にある豪華なシャンデリアも、趣味で集めた沢山の壁にかけてある絵画ですら写さない。
「やはりこの子は生まれ変わりなのね」
赤子の顔を見る女性の顔はとても穏やかなもの。深紅のドレスを身にまとった魔女からすれば同じ黒い髪と瞳を持っているとしても、この女性の身に纏う服も背景も全て、いつ見ても新鮮だと思う。
──そういえば、この国では魔女のことを巫女というんだったわね。
巫女装束を身にまとった女性、背景は畳の床と障子を閉めきった部屋にろうそくが一つ、彼女達の顔を照らしている。魔女は彼女の目を見て言った。
「えぇ、そうよ。あなたの願いを叶えることは出来るわ。でもあなたは確実に死ぬわよ」
この巫女がわざわざ魔女と契約してまで、命の源たる力を差し出してまで叶えたい願いなのか魔女は問う。
「はい、それでも叶えたい……守りたいのです。私は先を視ることが出来るのにあの子を助けてあげられなかった」
巫女と魔女が見つめあう。ろうそくの蝋がじりっと流れ落ちたせいか、揺らぐ炎に照らされたまっすぐな瞳。大切なことを教えてくれた遠い異国の少年。
「私たちは力があるからってなんでもできるわけではないわ。全てを背負えるなんて傲慢とも言える。それでも叶えたいのかしら?」
魔女は感情を込めずに淡々と言った。契約に感情の挟む余地はない。契約は絶対だからである。それがあらゆる世界の
「えぇ、それでも。子ども達が生きてくれれば未来は変えられます。それに私はあの子によって変わることが出来たのです。先が視えてしまったとして、それでも足掻いて、足掻けばちょっとでも救える未来もあるのではないかと思えるようになったのです」
抗うことのできない運命もある。巫女でありながら何も出来ずに見ていくことしかできなかった。人の命ですら諦めていた。
──それでもあの子が兄を助けたように、私にも守りたいものがある。
巫女は眠る赤子を愛しそうに見つめた。魔女は何か考えるように目をしばらく閉じた。そして目を開け、巫女と目があった。
「あなたの願い協力しましょう」
魔女はそういうと鏡を見つめた。巫女がありがとうと告げると景色が歪んでいく。やがて写っていたのはもう巫女の顔ではなく、無意識に微笑む魔女の顔だった。
──誰かを守るための力が欲しい……か。
人は様々なことを願う。そして幾つもの願いが物語を紡いでいく。魔女は視えてしまった。聞こえてしまった。感じてしまった。たった一人の人間が誕生したことによって運命が変わってしまった人びとの記憶が、想いが。それでも、その想いや願いは優しいものに変わっていってほしいと魔女自身も願ってしまうのだった。