第60話 後日談
文字数 2,273文字
「でもポピーってなんか目立っちゃうよね。
蘭丸はポピーに話しかけた。蘭丸ももちろん公用語は話せる。だがここは東の国だ。ポピー、ポピーと呼んでいたのでは目立ってしまう。更に言うと呼びづらい。ポピーをこの国の言葉にするならヒナゲシ、赤いヒナゲシの花である。ダメかな?と心配そうに見つめる蘭丸と真白。
「はい!」
だが、二人の心配をよそにポピーこと雛芥子は初めてついたあだ名に嬉しそうだ。雛芥子の返事があまりにも嬉しそうだったので、この場の空気がやわらぐ。このまま和やかな雰囲気で宿につくはずだった。そう、ある事実に気付くまでは。
「ねぇねぇ、それより今晩の宿どうする? 俺、手形忘れちゃったぁ」
蘭丸はえへへと笑う。手形とは城の従者であることを証明するために発行された木簡だ。城に入る分には顔パスで大丈夫なのだが、問題は今晩の宿である。
「おい、宿代なんか大して持ってきてねぇぞ」
武黒も忘れたようだ。二人で宿に泊まる分には安宿だろうが、相部屋だろうが結構だ。だが、今は女の子が二人もいる。それに、今まで藍炎のツテで宿に泊まったのだ。宿代は藍炎持ちだったので、防犯のよろしいしっかりした宿に泊まれるほどの大金は持ってきていない。
──それに女の子を連れてってなると、六日はかかるかな。
蘭丸はざっと計算した。二人が飛ばしても三日かかった。それなら単純計算で六日は覚悟したほうがいい。
「とはいえ、あの宿に泊まるのもねぇ」
蘭丸は苦笑いした。真白には早い。いや十二歳だし、そろそろ嫁入りの話があってもおかしくない。だが、真白は見た目がどう見ても子どもなどと蘭丸が考えていた時だった。
「妹とそれだけは勘弁してくれ」
武黒はもっともなことを言った。それを真白は不思議そうな顔をして見つめていたが、ふと思い出した真白は自身の懐をまさぐり始めた。
「手形ならここに」
真白は懐から手形を取り出した。なぜ持っているのかというと、真白は旅から帰ったばかりでさらわれてしまったため、たまたま運よく持っていたのである。
「「ふぅ」」
だが、二人の男たちは喜ぶというよりも安堵した。真白はなぜか聞いちゃいけない気がして城に帰るまでの間、理由を聞けずにいたのは、また別の話である。更に城が奇襲でもかけられたのではないかというくらいに城内の三分の二の兵士が酔い潰され、その屍達の上で満足そうに蘭丸の兄たちと主が酒を飲んでいたのも別の話にしよう。
真白たちはポピーを加えて、いつもの日常へ帰っていった。
§
あれから二年の時がたった。武黒と真白はある決意のもと、奥美の桜の木の前に立っていた。満開の桜がいつものように二人を迎えてくれる。
「行ってしまうのですね」
月佳姫が二人に声をかけると、蘭丸とポピーこと雛芥子も寂しそうにしていた。
「避芥子が居て良かったよ」
蘭丸はふぅとため息をついた。武黒と真白が抜けるのだ。それこそ城にとって痛手だ。まだ後輩も育ってきていない。だが一人、めきめき頭角を現した者が登場した。雛芥子である。雛芥子はこの二年で武黒と真白二人分の働きをしてくれるようになった。雛芥子は凰龍から生まれた魂ということもあり、剣術や体術に優れていたのだ。更に魔女に仕えていたお陰か、魔術はもちろん、巫女の力にも精通していた。
──真白を守るためなの!
そして、雛芥子は恐ろしいほど真白大好き人間でもあった。真白の事になると武黒と雛芥子が鬼の形相で飛んで来るのだ。鬼畜な兄だけでなく親友までも、真白の悩みは倍に増えた。しかし、そんな中々個性の強い実力派雛芥子ではあったが、元々、控え目な性格が効を成してか武黒や蘭丸達のサポートをもれなくこなしていたため、すっかり城の要人になっていた。それに城にいる者はくせ者ぞろいだ。変人がまた一人増えただけだったりもする。雛芥子は城での生活を楽しんでいるようだった。
風が花びらを運んでいく。そろそろ時間だ。
「武黒、お前の椅子は俺と雛芥子が暖めといてやるよ。だから必ず帰って来い」
蘭丸の発言に武黒はおうといつものように返事をした。
「ポピー、そろそろ」
真白だけは雛芥子をポピーと呼んでいる。ポピーこと雛芥子はうなづくと、白樺で出来た杖を構えた。りゅかの杖だ。しかし彼女がりゅかの精神を持っているからだろうか。杖は彼女を拒絶せず、すっかり彼女の杖となっていた。
──りゅかのいた思い出を渡せますように。
真白はなつかしい杖を見て、りゅかに思いを馳せる。それを見た武黒は、真白の頭をクシャクシャにした。
「何しらけた面してやがんだ。敵討ち行くんだろ。ここは奥美だ。胸を張れ」
そう、二人共通の目的は奥美を滅ぼした魔術師達を調べることである。その為に世界を渡るのだ。りゅかの生まれた世界に。
「はい、兄上」
真白は強くうなづいた。両親や沢山の人が眠っているこの土地で悲しそうな顔をして旅立つのはよくない。
「ご武運をお祈りいたします」
月佳姫は二人にうなづいたので、二人も姿勢を正し強くうなづいた。
「気をつけて。真白、武黒」
雛芥子はそう言うと、杖から光を放った。それは赤い赤い優しい光。二人はその光に包まれて、新たな世界へ旅立った。それぞれの思いを胸に。