第41話 力ある者のプライド
文字数 2,376文字
──まだ、この子は生きてるの。
弱くなったけれど、微かに聞こえる呼吸。
──体が生きようとしてるの。
静かに降り積もる雪に溶けてしまいそうなほど白い小さな体を強く抱き締めた。
そこへ雪と共に少年が女性の前に降り立つ。女性は少年を見た。この子も大きくなることができたら、彼みたいになるのだろうか。少年の金色の髪と色素のない肌の色、何より雰囲気がとても似ている気がした。
でも、もしかしたらこの子は生きられないかもしれない。
とうとう、女性は泣きながら少年にすがりついた。この子を助けて。どんな対価を払おうと、それでも少しでもいいからこの子としての人生を歩ませてほしいとすがることしかできなかった。
しばらくして、泣いていた女性が落ち着くと再度少年は確認した。
「この子は生まれるはずのなかった命だよ。それでも助けてほしいの?」
「わかっています。そしてあなたは死ぬはずのなかった命だということも」
女性は少年を見つめた。雪に溶けてしまいそうなほど、儚げな魂だけの少年。死ぬ運命ではなかったこの子が死んだことで、生み出された命。それが女性が抱き寄せている赤子。
「僕のせいで魂が足りないんだね」
少年は女性に近付くと、生まれたばかりの子の頬に手を触れた。魂だけとなった触れることの出来ない手ではあるけど、少年は子どもに優しく触れて微笑む。
「巫女様、あなたの力ではこの子と僕、二つの魂をとどめるだけであなたは弱ってしまう」
少年は動かない子どもを見ながら淡々と話した。巫女の実力の無さを責める訳でもなく、淡々と告げる。
「あなたは死ぬかもしれない。巫女であるあなたにも先が視えているでしょう?」
驚くほど少年の言葉には何の感情も込められていない。ただ事実を述べているだけだった。だけど、巫女もそれに動じることなく口を開く。
「えぇ、私も夫も死ぬ未来が視えてしまいました。でもこの子どもが、子ども達が生きていることで救われる命があることも」
巫女は少年の顔を見つめた。少年も黙って見つめる。だがしばらく沈黙が続いた。やっと少年が口を開く。
「あなたは見ず知らずの大勢のために、自分の命を投げ出すの?」
少年は訳がわからないという顔をしていた。
「いいえ、大切な人達の未来のためにです。あなたもそうでしょう?」
そうして亡くなったでしょう? と聞く巫女に対して、少年は誰かを思い出したようで、寂しそうに微笑んだ。一瞬だけ見せてくれた優しい表情。本当は優しい人なのだろうと巫女は思った。しかし彼が感情をあえて込めないことで守ろうとした立場があるように、彼女にも巫女としての立場がある。彼女は意を決して言う。
「この子は狂ってしまった運命、世界を調整するために生まれた存在なのだから」
巫女は続ける。覚悟は出来ていると。しかし少年は再び無表情になってしまった。
「この子を道具みたいに思うなら、僕はこの子をこのまま助けない」
少年の子どもに触れる手つきは相変わらず優しいのに、口調はとけどけしかった。巫女に向ける視線も。巫女は唖然とした。どうやら彼が守ってきたものは、魔術師としての
「さっき、この子に十二年間は
少年は子どもから手を離した。どうやら、守ろうとしていたのは魔術師としてのプライドなんてものではなく、自分の生まれ変わりであるこの我が子の心なのだと巫女は気付いた。今、目の前にいる少年の瞳には怒りがあった。一見、穏やかだけど、内に秘める気持ちは激しいらしい。巫女の顔を見て続けた。
「この子か、僕か、どちらが生きるかはこの子が決断しなきゃいけないんだよ。もう僕はこの子の魂じゃないから。この子の前世、死んでしまった魂でしかないんだから」
少年は声を荒げることはなかったけれど、静かにずっと怒っていたのだ。
§
──この子は自分の生まれ変わりなのに。
それも少年が運命より早く死んでしまったことによって、完全に生まれ変われなかった魂の不足した生まれ変わりの自分。本来であれば誕生すらしなかった命。この子をこの世界に留める為には、不足した魂が必要。前世の魂とそれに宿った心、今世の魂と心、二つ揃ってやっと一つの命になれる。一つの体に二つの魂と精神が宿った奇妙な命が、運命をねじ曲げられてしまったことによって生まれてしまった。
──なのに、十二年後にどちらかが消える。
本来、一つの体に存在できる魂と精神は一つのみ。二つの魂の存在は体に負担をかけ、命を確実に削っていく。しかし、二つの魂が一つに融合すれば、どちらかの精神が消えてしまう。どちらかの人格や自我が、その人の心を形作っていた記憶さえも消えてしまうのだ。
「巫女様、あなたは双子のどちらかに死ねと言っているようなもの。僕を殺すか、自殺するのか、命の選択を自分の娘にさせるのか?」
少年は抑えていた怒りが爆発して、最後の方は語気が強くなってしまった。しかし、巫女の顔は優しく微笑んでいた。
「ありがとう、あなたが優しい人でよかった」
巫女は子どもを抱き締めながらもう一度、頭を下げたのだ。
「それでも少しでいいから生きてほしいのです」
深々と頭を下げながら、お願いしますと巫女は言った。