第56話 龍の背中で
文字数 1,953文字
「
武黒は叫ぶ。刃が銀色に光るとともに、風が
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁッ……」
女性の甲高い叫び声が空を切り裂くかのように木霊する。武黒が切ったもの、それは黒い龍。狭間にいた龍は幻影だったのか。狭間そのものが幻影なのか。だとしたら、ここは現実。武黒は自分が落下していくのを感じた。
──月が遠くなるな。
満ちた月がハッキリと青白く光っていた。やがて、あんなに近かった月がどんどん遠くなるのを武黒は見届けながら、自分が死ぬことを嘲笑った。
「せめて、師匠をぶん殴りたかったぜ」
妹をさらってくれたお礼をし忘れたなと自嘲したその時だった。白い何かが向かってくる。それも勢いよく、速く。
「殴られるのは勘弁かな」
武黒は何かに受け止められる感触に思わず目を閉じた。それは白い翼の生えた龍。そして目を開くと、なつかしい感触に思わず叫んだ。
「真白!」
武黒は真白の背中に受け止められていたのだ。
「兄上、よくぞご無事で……」
真白は涙ぐんでるのだろうか。声が霞んでいる。確かに白い龍からは真白の声がした。
「無視された……」
だが、りゅかは兄妹の再会という完全な蚊帳の外状態にいじけている。武黒の背後で頬を膨らませていた。更に言うと、蘭丸がなぜかりゅかを慰めるように、頭をよしよしとなでている。
「蘭丸、お前どっちの味方だよ!」
武黒は突っ込んだ。っていうか俺だけが死にかけたのか。こいつらは悠々自適に真白の背中で快適な空の旅をお過ごしになっていたのか。
「強い者の味方だよぉ」
蘭丸はにこにこしていた。
「やった。僕強い!」
りゅかは両手を上げて子どもっぽい仕草をする。蘭丸はそれを見てかわいいと思ったのかまた頭をなでる。どんな時でも、かわいいモノと女性には優しく。それが蘭丸の
──てめぇ、俺とタメだって知ってんだからな。
武黒はりゅかを睨んだ。享年十二歳だとしても、二十四年間この世に存在していたの知ってるんだからなと。だが、りゅかと蘭丸は武黒にかまってほしいらしく、無視するなんてひどいねとヤジを飛ばしてくる。
「後でぶん殴ってやるから待ってろ!これのお礼だ」
武黒は龍の背に左手で捕まったまま、右手に握りしめていた凰龍をりゅかに見せた。
「兄上、お礼になってません」
真白はいつもの武黒に苦笑いした。
「お礼って言葉、辞書で調べた方がいいよ」
りゅかは武黒のことを馬鹿だと思ったことはないが、初めて話すのに横暴な態度だったのでつい毒づいた。だが、この位でちょうど良いかもしれないと真白と蘭丸は思ってしまう。
──りゅかも十二年間、武黒をみてきたものね。
話したことはないけど、真白の片割れであるりゅかにとっても、武黒と過ごした時間は真白と一緒。だが、武黒の横暴さはその斜め上をいっていた。
「お礼はさせるもんだろ! 土下座と一緒だ!」
武黒はにやりとした。この人は何人、妹や月佳姫の見てないところで土下座させたのだろうかと真白は思う。だが、そんなことを考えている暇はないようで。
「来やがったな。大トカゲ!」
先ほど、致命傷となるであろう攻撃を受けたはずの黒い龍が猛スピードで真白達に迫る。まだ戦い足りないのか。武黒は刀を強く握りしめる。しかし、その横で大トカゲという言葉に龍であるりゅかと真白はひどいと涙目になった。蘭丸はりゅかの頭をポンポンと撫でる仕草をした。
──さすがは奥美の名刀、幽霊が視える日が来るとはね。
蘭丸は師匠のことを聞いていたからだろう。特に動揺せず、りゅかと接していた。りゅかは幽霊であり、ここは元の世界だ。もう体と魂では触れあえなくなっていた。それでも、りゅかの姿が視えるのは凰龍の力のおかげ。
「失礼」
蘭丸は微笑んだまま文字通り、りゅかの体をすり抜けて武黒の腰に捕まった。
「武黒、抑えているよ」
「おう!」
蘭丸はどうやら武黒の体を、真白の背に自分の体を使って固定したようだ。武黒は両手で刀を持つ。
「
刀から無数の閃光が放たれる。黒い龍は突然の攻撃に避けきれずまともにくらったようだ。だが、その時だった。
「真白! 地面!」
りゅかが叫ぶ。どうやら、真白が黒い龍に気を取られている内に地面が迫っていたらしい。