第54話 月が満ちた
文字数 1,699文字
──私の体と二人の魂を守って、凰龍。
真白の左手には凰龍が握られていた。
「久々の体だね」
りゅかは話しかかけながら、よく晴れた空を睨んでいる。真円の月だけが輝く雲一つない空。だけどもうすぐ来る。
「うん。でも、りゅかの手のぬくもり、感じるよ」
真白も空を睨みながら返す。狭間と呼ばれる空間だからこそ感じられる温もり。元の世界に帰れば、また感じることが出来なくなる。それでも。
「思ったより早く来たね。良い雰囲気だったのに邪魔されちゃった」
りゅかは空がわずかに歪むのを鋭い目付きで睨みながらも、いつもの穏やかな口調で返す。
「双子で良い雰囲気になってもどうしようもないでしょ!」
真白はりゅかに突っ込んだ。私たちは魂の双子だからと。その間にも空の歪みがどんどん大きくなっていく。
「確かに。見た目もそっくりだしね」
二人はお互いに見つめ合う。違うのは瞳の色と髪の長さだけで、本当によく似た二人。二人は手を離すと、再び天を仰ぎ、真白が左手に握っていた凰龍を両手で握ると、りゅかも手を添えた。そして二人が強く念じると、術式が剣の周りを螺旋を描くように包み込む。雲一つなかった空が暗くなっていく。真円の月が雲に飲み込まれていく。これも龍の力。二人の龍は尚も念じる。そして、歪みから現れた龍を歓迎するべく、空を舞う黒い龍に雷を落とした。だが、黒い龍は雷を浴びながら天を仰ぎ嗤い出す。
「あぁ、
龍はそう言うと、翼の傷が癒えていく。今までつけた傷全てが治っていくのが、地上にいてもわかった。
「くそっ」
どこからか、声がして真白は空から目を離した。そして声の主を探す。
「兄上!」
少し離れたところに、武黒と蘭丸が立っているのが見えた。
「真白、余所見するな!」
武黒は真白と目が合うと叫んだ。真白は我に返り、迫る気配に視線を戻す。黒い龍が、真白達に反撃しようと空から向かってくるのが目に入った。真白の体が淡く光る。真白が龍の姿に戻ると、りゅかは凰龍を口に加えて素早く龍の体に股がり、真白の角を掴んだのとほぼ同時に白い龍が飛び立つ。真白は間一髪、黒い龍の爪を避けながら、兄たちとの合流を目指す。黒い龍が身を翻して、真白達に迫る。
「真白、刀借りるよ!」
りゅかはそう言うと、右手で角を掴んだまま、左手で刀を手に取る。剣先から呪文の羅列が踊り出す。だが。
「
武黒の放つ無数の銀色に光る刃が黒い龍に向かって飛んでいく。
「ふっ」
先を越された。素早い、かつ的確な攻撃にりゅかは笑ってしまった。りゅかも加勢する形になってしまったが術を放つ。敵が二人の攻撃を避けたすきに、真白達は武黒達と合流した。りゅかは刀を鞘に納めた。
「テメェ、よくも真白を!」
合流するなり、りゅかに向かって早速怒鳴る武黒。だが、後ろには龍が迫っている。どうやら再会を楽しむ時間を与えてはくれないようだ。武黒と白い龍、真白は目だけでうなづいた。白い龍は再び舞い上がる。
「プレゼント」
りゅかは再び空にいる龍の背中から、凰龍を武黒に投げて渡した。そして、すぐに後ろにいる黒い龍にむかって術を放つと再び真白と共に空高く上昇する。武黒は反射的に受け取ってしまった刀を見て叫んだ。
「って凰龍じゃねぇか!」
よくぞ気付いた。だが、肝心のプレゼントの送り主は今、上空でお取り込み中のようだ。だが、白い龍が急に降下した。無論、武黒と話すためではない。敵の放った閃光をよけるためだ。だが、白い龍の背中にいる少年は余裕そうだ。
「あぁ、文句は元の世界に戻れたら聞いてやるよ」
りゅかは白い龍となった真白に股がりながら武黒に返事した。その間も見慣れぬ文字の羅列を黒い龍に向かって放っている。