第35話 魔術師の杖
文字数 1,655文字
しかし次の瞬間、りゅかはおどけて言った。真白の顔を見て、さすがにやり過ぎたかなと思いながら、真白の質問にちゃん答えてやることにした。
「確かに、奥美を襲ったのは魔術師達。だけど、僕は繋がっているどころか、奴らの正体がわからないんだ」
りゅかは涙目の真白にごめんねともう一度言う。しかし真白の涙の堰がとうとう決壊した。
「もう、なんでそんなこと言うの……りゅかが敵なんて嫌だよぉ」
真白はとうとう声を上げて泣き出してしまった。りゅかは慌てた。本当にやり過ぎた。子どもの頃に悪さをした真白にお説教して泣かせてしまったことはあったが、真白が声をあげて泣いたのは何年ぶりだろうか。
「本当にごめん。とりあえず部屋に戻ろう? あっその前にトイレだっけ?」
りゅかはオロオロしている。もうトイレいいと真白は泣きながら言うので、とりあえず真白の部屋へ戻ろうと、りゅかは彼女の手を優しく握ると歩きだした。真白は声をあげて泣きながらも、しっかりとりゅかの手を握り後をついて歩く。
§
真白の部屋に戻ると、二人はベッドの端に座った。
「えっとね……真白が人を信じすぎな気がしてね。もっと警戒心持ってほしかったんだ」
りゅかは重い口を開いた。真白の目が違う意味で赤いのが辛い。鼻も目も赤くした真白。
「なんで? 私はりゅかを信じてるもん」
真白はりゅかの顔を見た。まっすぐな視線が余計に辛い。
りゅかはどこから話せばよいのか考え込んだ。真白のいる世界は優しいのだ。武黒や月佳姫、蘭丸など守ってくれる大人が当たり前のようにいる。自分のような文字通り殺伐とした過去なんて説明したくないほど。
──僕が色々話さなかったツケなのかな。
りゅかを完全に信じきっている素直な真白。そんな彼女にだからこそ、自分の暗い過去なんて知られたくなかったのだ。だがあえて伝えるならこれであろうか。
「ありがとう。でもね、僕は信じていた人に殺されたんだ。僕の大切な人も傷ついたと思う」
真白ははじめて聞くりゅかの生前の話に目を見開いた。りゅかは真白を見つめて言う。
「もしかしたら、その信じていた人は奥美を襲った魔術師達と無関係ではないのかもしれない。でもね、真白これだけは信じてほしい」
りゅかは自分の発言に対して笑ってしまった。信じろと言ったり、信じるなと言ったり忙しい。
「僕が幽霊になってでも叶えたかったのは、真白の母上と約束したのは、決して復讐なんかじゃない。真白と僕の大切な人を守ることなんだ」
りゅかは真白の目を見て言った。しかし、真白は大事な話をしているにも関わらず目がトロンとしはじめた。
「ごめん。そんなつもりは……」
真白自身も驚いていた。突然襲われたどうしようもない疲労感、落ちていきそうな眠気に必死に抗おうとする。まるで何かに引っ張られているようだ。強く。りゅかも真白の異変を察した。
「わかってる」
りゅかは真白のトロンとしている目を見て強くうなづいた。彼が真白にかけた術が切れそうなのだ。
──頼む。次の満月まででいい。それまでもってくれ……。
りゅかはチッと舌打ちした。その時だった。部屋の隅にりゅかの杖が立て掛けてあったのが目に入った。りゅかは杖を取りに走ると、急いでベッドに戻った。すでに意識を手放した真白の体の輪郭がぼやけていく。
──真白だけは死なせない!
先ほど、わざと手首をつかんだのは真白に力を使わせないためというのもあるが、正しくは力を使わせないことで、真白の弱っていく体の負担にならないようにしたかったからだ。
──それに体の感覚を忘れてきている。
真白もまた、魂だけになっていることに違和感を感じなくなってきている。
──無理もない。真白は自分が魂だけになっていることを知らないのだから。
りゅかは、真白を抱き抱えると杖をふった。二人の魂が杖から放たれる光に包まれて消えた。