第53話 光よ消えないで
文字数 1,883文字
「ポピー、ダメだよ!」
それはまるで真白を抱きしめるかのように優しく包み込んでいった。
「消えちゃダメ!」
真白はポピーを抱き寄せた。離さないと言わんばかりに強く。なのに、抱きしめていたポピーの輪郭が光に溶けていく。真白は自身の涙が頬を伝わっていくのを感じながら、ポピーを必死に抱きしめる腕に力を込めた。
「消えないでよ!」
ポピーを強く抱きしめているのに、光がどんどん強くなっていく。ポピーの体が光に溶けるかのように無くなっていくのを真白は感じた。
──真白、大好き。
ポピーが真白の額に口づけた。その時だった。魔法陣から発せられる光が強く輝き、あまりの眩しさに真白は目を閉じてしまった。強く思いながら。
──消えないで!だって……友達……だから……。
真白は目を開けると、とうとう声をあげて泣き出してしまった。そこにはもう誰もいなくて、魔法陣も消えていた。
──自分は誰も救えなかった……。
代わりに真白の膝の上には、一本の、赤い宝玉が埋め込まれた剣があるだけだった。廊下から走ってくる足音が聞こえる。きっとポピーを止めようとしたのだろう。
──だけど、もう遅いよ。遅いんだよ。
真白は涙を流しながら、扉を見つめることしか出来ずにいた。
§
「真白!」
誰かが部屋の扉を勢いよく開けた。真白は涙を流したまま、扉のほうをみた。
「りゅか!りゅか!」
りゅかの名前を意味もなく呼びながら、真白は嗚咽を堪えきれずにいた。りゅかはそれだけで何かを察したのだろう。唇を噛むと、扉を強く拳で殴った。そして、真白の元へ駆け寄る。
「りゅか!遅いよ!」
真白はりゅかに抱きつくと、彼の服を強く握りしめた。真白の頬を涙がポロポロ伝っていく。
「ごめん。間に合わなくて」
彼は真白を抱き返すこともせず、ただ一言謝った。
「りゅか!私どうしたらいいの?」
真白は顔をあげると、りゅかを見つめた。りゅかは唇を強く噛み締めたまま、ベッドの上にあった剣を見つめていた。
「ねぇ、りゅか!ポピーが……」
真白は泣いたまま、りゅかに助けを求めた。りゅかは我に返ると、真白を抱き寄せた。
「わかってる……」
真白を落ち着かせようと、りゅかは彼女の背中を叩きながら、どう切り出すか言葉を選ぶかのように無言になった。ベッドから体を乗り出し、りゅかにすがる真白を彼は立ったまま受け止めることしかできなかった。そんな無力な二人を月が嘲笑うかのように、青白く照らす。月明かりだけの薄暗い部屋に真白の泣き声だけが流れた。
しばらくの沈黙の後、真白のすすり泣く声がようやく落ち着いてきた。りゅかはやっと口を開く。
「まだ方法はある。だけど、彼女が望まないと、ポピーは元に戻ることが出来ないんだ……」
真白はポピーという言葉に反応し、肩を震わせる。
「真白、ポピーを助けよう」
りゅかの言葉に、真白は目を見開いた。
「ポピーの願いのために、一緒に戦おう」
真白はりゅかから体を離した。だが、りゅかは真白の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「そんなことしたら、どちらかが……」
真っ直ぐな彼の目を見つめると、真白は最後まで言えなかった。消えてしまうと。最後まで言ったら本当になりそうで、真白は涙目でりゅかを見つめる。こうしてみんなを失っていくのかと。だが、りゅかは微笑む。
「大丈夫。凰龍は命を守る刀だから。凰龍の魔力が僕たちの魂を留めてくれる」
りゅかは強くうなづいた。だけど、真白はもう誰かが消えるのは嫌だと首を振る。もう嫌だと。
「真白、辛い選択をさせてごめんね。だけど、僕ももう逃げないって決めたんだ」
真白の頬を両の手のひらで優しく包み込むと、真白と目を合わせた。
「真白にだけ辛い思いはさせない」
真白はりゅかの真っ直ぐな目を見つめた。りゅかは頬から手を離すと、真白の両手を包み込む。
「一緒に生きよう。僕と真白とポピーで……」
りゅかの決意のこもった瞳に真白はうなづいていた。
「三人一緒じゃなきゃ……もう自分のせいで誰かが……死ぬのは嫌だよ!」
真白は再び溢れる涙をただ、流し続けていた。視界が歪む。りゅかが微笑んだ気がしたけど、涙の海にいる真白には彼の顔が見えない。
「体に戻ろう。僕らの体に」
「うん」