第1話  竹林に潜む刺客

文字数 2,463文字

 まだ日が高い時間、一人の子どもが竹林の間に作られた石畳の小路(こみち)を歩いていた。

 緋色の(はかま)の上に狩衣(かりぎぬ)と呼ばれる神社の神主が着る服を着ているが、まだ十歳ほどにみえる女の子である。

──ふう、夕方になる前に着いたぁ。

 暗くなるとこの辺は何かと物騒なので急いで家路に向かっていたのだ。この女の子、真白(ましろ)はこの国では珍しい金色の長い髪を下のほうで結んでいた。だからだろうか、何かと目立ってしまうようで。

──竹林に三人……まだ暗くないのになぁ。

 真白は竹林のほうにはあえて目を向けず、まっすぐ前を見て歩く。

 右に二人、左に一人。待ち伏せていたのか。賊に見せかけているが刺客(しかく)、しかもかなりの手練(てだ)れだろう。相手方の殺気を真白は感じていた。

 さて相手がどう動くだろうか、真白が考えていた時だった。

──心配はいらなそうだな。

 もう一人誰かが来る気配がした。それは静かに、そして素早く。キラリと光る刃が見えた。全て一瞬のことだった。
「ぐぁっ」
 右の方から男の短い断末魔が響く。右のもう一人の男は無駄なことなのに、すでに事切れた味方のほうへ、そして左の男は竹林から飛び出すと、真白のほうへ向かってきた。

 真白は飛び出してきた男と目が合った。だが、横から黒い影が飛び出す。
「遅ぇんだよ」
 男の血飛沫が真白の白い顔と衣にかかった。そこにはもう、真白の前で腹を切られ、血を流しながら地面に伸びている男がいるだけだった。

 目を見開いたまま倒れる男、石畳の上に広がっていく血の海。鉄の生々しい臭い。真白は思わず目の前の地面から目を背けた。
「うぅっ」
 そして真白は右側の竹林の方を見てしまい、思わず顔をしかめてしまった。竹にもたれ掛かり首から血を流し倒れる遺体の恐怖に見開いた瞳と目があってしまったのだ。その少し近くで竹の何本かに着く派手な血飛沫。もう一人も事切れてしまっているのだろう。

「兄上、やりすぎでは?」

 真白は助けてくれた黒い着物を着た男の顔を見た。とはいってもかなり大柄なこの男性と子どもの真白では、どうしても見上げる形になってしまう。

「ふっ、人を(あや)めるってことは殺められる覚悟もあんだろうよ。雑魚(ざこ)どもめ、刀が汚れちまったじゃねぇか」

 男はそう言いながら、石畳に横たわっている遺体に近づくと、刀についた血をそれの纏っていた着物で(ぬぐ)い始めた。一方、真白はため息をついた。このどう見ても悪役にしか見えない言動をしているのが自分の兄なのか。台詞、振る舞い全て悪役にしか見えないではないか。

──あぁ、たった一人の家族がこれでは悲しすぎる。

 真白は再びもれそうになったため息をこらえた。この黒い髪、黒い着物を着た浅黒く日焼けした男と金色の髪と色素がない白い肌、赤い瞳を持った真白は正反対だとよく言われる。兄妹なのに見た目も性格も。

「おらよ、さっさと帰るぞ」

 兄が刀を鞘に納めると歩き始めてしまったので、真白もようやく袖で顔についた血を拭いながら後を追った。かなり長身だが、まだ幼い妹に歩幅を合わせているのだろう。かなりゆっくり歩いている。しかも満足そうな顔すらしていた。

──どうせ巫女である妹を守れた位にしか思ってないんだろうな。

 何も殺さなくてもと言ったところで、お前はこの国の龍の巫女なんだぞ、自分の立場を自覚しろと説教されるだけだ。

──真白様と(あが)められ、時に敵国に命を狙われる巫女の妹と、敵国からも怖れられる国内最強クラスの(サムライ)の兄。

 完璧な家族である。

──領土と肉親を失っていなければの話だけど。

 二人が歩いていると、家というよりも大きな城が見えてきた。ここは身よりのないこの兄妹が忠誠を誓う主人の城だ。裏門にしては立派な鉄製の門とその後ろに(せま)るそびえ立つ天守閣。この国を統べる者に相応しい主が待つ城へ二人は向かっていく。その時だった。

「待て、真白」

 兄が真白の姿を見ながら立ち止まった。真白は兄の顔を見つめ首をかしげた。

「龍の姿に戻ってくれ」

 兄は真白に両手を合わせてお願いのポーズをした。そう龍の巫女とは龍に仕える巫女のことではなく、真白自身が龍なのである。普段は亡き母と同じように巫女として振る舞っているが龍の化身であり人間の子でもある。真白は兄を見上げながら睨んだ。

「城の者に見つかったら、またやんちゃしたことがバレるからですか? だから私の背中に乗って自分の部屋まで戻る気ですね。兄上?」

 やんちゃなんてかわいいものではないが、兄上の行いには主含め城の者が心痛めていることを真白は知っている。もちろん彼女もその一人だ。なのに妹を使って隠蔽(いんぺい)しようとしているのである。

 真白が(にら)んでいると、やがて兄の頭の上に小さな黒い雲が出来上がっていく。龍は天候を操れる。しかもムカつく奴の頭の上にだけ雨を降らせることも可能だ。

「雨だろうが、雷だろうが打たれてやる。月佳(げっか)にだけはバレたくねぇ」

 だが龍の兄は潔かった。いや、妹からすれば情けなすぎるの一言に尽きるのだが。

 月佳とは二人が仕える主、この城に住む姫のことである。どうせすぐバレるのに主に秘密にしてくれと妹に懇願する国内最強の侍っているんだろうか。

 真白はもう一度深いため息をついた。本日二度目だろうか。黒い雲が消えていくと、真白の体が一瞬光った。

「真白、助かったぜ」

 兄にとってはまだ幼い妹が突然、龍の姿になることなどよくある日常の光景。真白は名前の通り、白い龍の姿になっていた。大蛇を思わせる姿だが手足も生えている。何より白い鳥の羽根を思わせる大きな翼を広げていた。龍の首には瑠璃色の珠があり、目の色も龍になると変わる。珠の色と同じ深い瑠璃色の瞳が兄を見つめていた。
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登場人物紹介

武黒~ぶこく~

真白の兄。職業は侍(サムライ)。

身長187cmの大柄な男性。剣術の使い手。

性格は乱暴だが良い兄であり、仲間思い。国内最強の侍のはずなのに、なぜか月佳姫にだけは逆らえない。

真白~ましろ~

白い龍の化身であり巫女。

身長130cmの12歳。普段は巫女袴や狩衣を着ている。

兄は2m近くあるのにも関わらず、なぜか伸びない身長に悩んでいる。

異世界でドレスを着せてもらったら、本当に歩くお人形さんみたいになってしまい、ポピーと魔女さんの着せ替えごっこに付き合わされている。

りゅか

実は当代随一の巫女を凌ぐ実力だった真白のお師匠さま。自称幽霊。本来、まだ死ぬ運命ではなかったらしいが…。

身長135cm。

月佳姫~げっかひめ~

当代随一の巫女。おっとりした女性。武黒の幼なじみ。

酒・賭博・喧嘩な武黒に時には苦言を呈することも。怒らせると怖い。実は武黒達のために厳しい修行に耐え、当代随一と呼ばれるほどの実力者になった努力家。

魔女さん

妖艶な謎の女性。どの世界にも属さない狭間と呼ばれる世界に住んでいる。普段は狭間にある荒野の洋館にポピーと二人暮らし。りゅかと仲が良いようだけど…。お酒と本が好きな美女。

蘭丸~らんまる~

東見(あずまみ)の領地の次男。武黒達の幼なじみ。武術に秀でている。弓と剣術の腕はなかなかのもの。ちなみに身長183cm。

困った兄弟達に悩まされている。

藍炎~らんえん~

東見(あずまみ)の領主。蘭丸の兄。

物腰はやわらかいのだが、女性好きであり、実際、よくモテている。

かなりの酒豪でザルを越えてワク。


陵王~りょうおう~

東見の長女。藍炎と蘭丸の姉。

剣術に優れる。無類の酒好き。

残念な美女。

ポピー

魔法のローブをかぶっているが、おそらく身長は真白と変わらないくらいだろう。魔女さんと二人暮らし。ちなみに身長はローブをいれて135cm

文太~ぶんた~

真白のお友達。術者見習い。

奥美(おうび)の巫女

故人。真白たちの母。

黒い龍

狭間に棲む黒い龍。烏に似た翼が生えている。怨念に近い想いを抱いて奥美の村を襲いはじめるが…。人間を襲う理由は食べるためなのか、恨んでいるのかは不明。真白が救いたいと願った人でもある。

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