第55話 さざ波

文字数 1,326文字

「ったく、美味しいとこ全部持ってく気かよ!」 

 武黒も完全にりゅかにペースを持っていかれ、不服そうではあるが刀を鞘から抜くと構えた。一方、真白は武黒とりゅかという珍しい組み合わせに不覚にも笑ってしまったが、意外と良いコンビになれるかもと思ってしまう。だが、それもこの龍を倒せたらの話だ。

「兄上、狭間では攻撃しても無駄です。元の世界に帰るために天を割いてください!」 

 真白も龍の姿のまま兄に伝えると、再び真白は急上昇する。黒い龍がそれを追う。

──やはり魂の無い躯だから、怒り任せに動いているのだろうか。

 真白は追ってくる龍を横目でみやりながら考えた。あの理知的な魔女の躯とはとても思えない。この龍は力任せに動いている。食べるという本能と憎しみだけで暴れている。だが、じっくり考えている暇はなさそうだ。黒い龍が空を旋回しながら傷が癒えていくのを見て、真白とりゅかは龍を睨んだ。

──月の力を借りて癒しているのか。

 月の力は巫女の力のはず。なぜ魔女が使えるのか。真白は黒い龍から文字の羅列が放たれたのを見た。それをりゅかも術を放つことで相殺する。空中で激しい爆発音が聞こえた。真白はこの隙に黒い龍から距離をとろうとする。だが、再び黒い龍から術が放たれる。見間違いではなかったようだ。

「魔法も使えるの!?」

 真白が驚きのあまり叫ぶと、りゅかは面白そうだとにやりとした。真白は攻撃をなんとか避けて上空で制止した。両者は攻撃せずに相手の出方を伺うことにしたようだ。どちらが先に動くか。白い龍と黒い龍は天高く舞い上がりながら睨みあっていた。
 
 §
 
 武黒は空高く舞う二匹の龍を睨んだ。真白たちが時間を稼いでいる間に天を割けということだろう。だが、天を割けと言われても武黒にはさっぱりだ。剣を構えてみるも、やはりわからない。

──武黒、視えることだけが全てではありません。

 ふいに、月佳姫の声がした気がした。
「ふんっ」
 だが、武黒にはそれで充分だった。

──視えない事実も確かにここにある……か。

 武黒は目を閉じた。視覚に頼っていてはダメだ。視えるものも視えなくなってしまう。感じろ。ふいに風が吹く。風の流れが伝わる。どこへ向かっていくのか。

──風が読める。

 武黒は目を見開いた。握っている剣に力を込める。景色が変わったのだ。風が、光が、あらゆるエネルギーの流れが手に取るようにわかる。そしてエネルギーの綻びも。

──これのことか。

 天を割けとは、この綻びを切れと言ってるのだろう。流れを乱す場所が一ヶ所だけあった。そこだけが歪んで視えた。満ちたはずの真円が水面に浮かぶ月のように曖昧で、ににじんで見える。武黒は天に向かって剣をかかげる。

清龍翼凰刃(せいりゅうよくおうじん)

 武黒は叫びと共に月を切り裂いた。空を切ったはずなのに確かに伝わる感触とともに景色が揺れだす。まるで水面にさざ波が走るかのように歪む月。その余波は谷底まで響く。武黒は光に包まれるのを感じた。それは夢からの目覚め。狭間と呼ばれる世界の終わり。武黒は月を狭間と呼ばれる空間を、狭間の創造主の躯を切り裂いたのだ。
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登場人物紹介

武黒~ぶこく~

真白の兄。職業は侍(サムライ)。

身長187cmの大柄な男性。剣術の使い手。

性格は乱暴だが良い兄であり、仲間思い。国内最強の侍のはずなのに、なぜか月佳姫にだけは逆らえない。

真白~ましろ~

白い龍の化身であり巫女。

身長130cmの12歳。普段は巫女袴や狩衣を着ている。

兄は2m近くあるのにも関わらず、なぜか伸びない身長に悩んでいる。

異世界でドレスを着せてもらったら、本当に歩くお人形さんみたいになってしまい、ポピーと魔女さんの着せ替えごっこに付き合わされている。

りゅか

実は当代随一の巫女を凌ぐ実力だった真白のお師匠さま。自称幽霊。本来、まだ死ぬ運命ではなかったらしいが…。

身長135cm。

月佳姫~げっかひめ~

当代随一の巫女。おっとりした女性。武黒の幼なじみ。

酒・賭博・喧嘩な武黒に時には苦言を呈することも。怒らせると怖い。実は武黒達のために厳しい修行に耐え、当代随一と呼ばれるほどの実力者になった努力家。

魔女さん

妖艶な謎の女性。どの世界にも属さない狭間と呼ばれる世界に住んでいる。普段は狭間にある荒野の洋館にポピーと二人暮らし。りゅかと仲が良いようだけど…。お酒と本が好きな美女。

蘭丸~らんまる~

東見(あずまみ)の領地の次男。武黒達の幼なじみ。武術に秀でている。弓と剣術の腕はなかなかのもの。ちなみに身長183cm。

困った兄弟達に悩まされている。

藍炎~らんえん~

東見(あずまみ)の領主。蘭丸の兄。

物腰はやわらかいのだが、女性好きであり、実際、よくモテている。

かなりの酒豪でザルを越えてワク。


陵王~りょうおう~

東見の長女。藍炎と蘭丸の姉。

剣術に優れる。無類の酒好き。

残念な美女。

ポピー

魔法のローブをかぶっているが、おそらく身長は真白と変わらないくらいだろう。魔女さんと二人暮らし。ちなみに身長はローブをいれて135cm

文太~ぶんた~

真白のお友達。術者見習い。

奥美(おうび)の巫女

故人。真白たちの母。

黒い龍

狭間に棲む黒い龍。烏に似た翼が生えている。怨念に近い想いを抱いて奥美の村を襲いはじめるが…。人間を襲う理由は食べるためなのか、恨んでいるのかは不明。真白が救いたいと願った人でもある。

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