第42話 相反する魂

文字数 1,911文字

「あなたは選ばなければならない」

 真白は自身の(からだ)が眠る棺に突っ伏して泣いていた。魔女はあえて感情を込めずに過去に何があったのか説明したのだ。

 体に戻ることができる魂は、自分か、その隣に立っているりゅかなのか、どちらか一人。選択のときが近付いていると彼女は告げる。りゅかは真白を見つめるだけだった。

──どちらかしか、生きれないの?

 泣く真白を立ったまま見下ろす魔女。そしてポピーはどう接していいかわからず、魔女の後ろから見つめることしかできない。しばし皆、無言だった。真白のすすり泣く声だけがやけにこの部屋に響いた。

「まだ時間はあるわ。でもこれは契約。誰であっても破ることが出来ないのは、巫女であるあなたならわかるでしょ?」

 真白を見下ろす魔女の顔からは感情が読み取れない。だが、あえて彼女を一人の少女ではなく、巫女として向き合っていることは確かなようだ。りゅかは、拳を握りしめてこらえた。契約に私情を挟めないのはこの場の誰もが一緒、それがこの世界、他の世界にも共通の(ルール)

──命受けた者がいつか死ぬこと、そして精神(こころ)を真っさらな状態にして、魂を次の誰かに渡すこと。

 輪廻とよばれる魂のサイクルもまた世界の(ことわり)であり、その理に魔力を使って干渉してしまったのだ。当然、それ相応の報いを受けることになる。代償を支払わねばならないのだ。真白はりゅかを見ない。否、振り向けなかった。頭ではわかっているのだ。

 しかし、真白は巫女である前に一人の少女でいたかった。

「選べるわけないよ! わかりたくもない……」

 真白は泣きながら、魔女を見て叫んだ。

「あなたは巫女なのよ。人を救いながら、その間に何人もの死を見届けてきたはず」

 魔女は、それでも真白は巫女なのだと突きつける。あなただってこれまでにも同じような選択をしてきたのだと告げる魔女。容赦のない現実。

「ご主人様。真白は子どもなんです」

 その時だった。ポピーが声をあげた。りゅかが驚いてポピーを見る。ポピーもまた、自分が思ったより大きな声を出してしまったことに驚いているようだ。

「えぇ、だから時間を与えたの。魔術を、世界の(ことわり)を学ぶ機会を与えることで、彼女なりの答えを見つけるチャンスを与えているの。これ以上は私も干渉できないわ」

 魔女が選択の余地は与えたぞと言っているようにしか、真白には聞こえなかった。ポピーは、魔女のこれ以上干渉は無理という言葉を聞いて黙ってしまった。

「後は真白、あなたが決めることなの。あなたにしか決められないのよ」

 魔女は再び、真白に視線を戻す。しかし、真白はうつむいたままだった。

──自分は魔力で作られた命、生まれるはずのなかった命……。

 真白は頭の中でいろんな事がフラッシュバックしていく。

──禍々しい目。不吉な瞳。
──龍が生まれたというのに、奥美は滅んでしまった。
──しっ、あの龍様に聞こえてるわ。

 自身の色素のない異様な姿のせいで畏怖の対象とされていたことは真白も感じていた。そして無条理に滅ぼされた領民のやり場のない怒りが、真白という名の龍に向けられていることも。

──だから奥美復興の為、巫女になったのに。

 本来であればまだ、やっと見習いになったばかりの術者が多い年頃。それを真白は幼い頃から巫女になることに費やして、真白様と呼ばれる巫女になったのだ。龍の巫女にふさわしくなったのだ。

──自分の居場所を作るために。

 ここに存在していいのか? たまに襲われる虚無感と自己否定を拭うために修行に明け暮れた日々。普通の子どもらしいことなんてろくにしてない。

──誰にも文句は言わせないようにしよう。

 真白はりゅかに励まされてきた。りゅかがいたから頑張れた。そう、りゅかがいてくれたからだ。

──なのに、私はりゅかの邪魔になる。

 真白は魔女と話すため、前に体を向けた。しかし前を見ることは出来ず、うなだれたまま座り込み、棺に背を預けた。泣きはらした目は虚ろだ。何も映したくない。

──奥美の為に行動していた自分が原因で、故郷が滅びたなんて嗤える。

 龍だったから。たったそれだけで、故郷を滅ぼされた挙げ句、大切な人を殺してしまう運命。どこまで自分は呪われているのだろう。

──りゅかは死ぬはずのなかった魂なのにね……。

 真白はうつむいたまま、横目で、テーブルにあるハサミを一瞬だけ見た。しかし、真白の長い髪が顔にかかっているせいで、真白の表情は誰にも見れなかった。
 
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登場人物紹介

武黒~ぶこく~

真白の兄。職業は侍(サムライ)。

身長187cmの大柄な男性。剣術の使い手。

性格は乱暴だが良い兄であり、仲間思い。国内最強の侍のはずなのに、なぜか月佳姫にだけは逆らえない。

真白~ましろ~

白い龍の化身であり巫女。

身長130cmの12歳。普段は巫女袴や狩衣を着ている。

兄は2m近くあるのにも関わらず、なぜか伸びない身長に悩んでいる。

異世界でドレスを着せてもらったら、本当に歩くお人形さんみたいになってしまい、ポピーと魔女さんの着せ替えごっこに付き合わされている。

りゅか

実は当代随一の巫女を凌ぐ実力だった真白のお師匠さま。自称幽霊。本来、まだ死ぬ運命ではなかったらしいが…。

身長135cm。

月佳姫~げっかひめ~

当代随一の巫女。おっとりした女性。武黒の幼なじみ。

酒・賭博・喧嘩な武黒に時には苦言を呈することも。怒らせると怖い。実は武黒達のために厳しい修行に耐え、当代随一と呼ばれるほどの実力者になった努力家。

魔女さん

妖艶な謎の女性。どの世界にも属さない狭間と呼ばれる世界に住んでいる。普段は狭間にある荒野の洋館にポピーと二人暮らし。りゅかと仲が良いようだけど…。お酒と本が好きな美女。

蘭丸~らんまる~

東見(あずまみ)の領地の次男。武黒達の幼なじみ。武術に秀でている。弓と剣術の腕はなかなかのもの。ちなみに身長183cm。

困った兄弟達に悩まされている。

藍炎~らんえん~

東見(あずまみ)の領主。蘭丸の兄。

物腰はやわらかいのだが、女性好きであり、実際、よくモテている。

かなりの酒豪でザルを越えてワク。


陵王~りょうおう~

東見の長女。藍炎と蘭丸の姉。

剣術に優れる。無類の酒好き。

残念な美女。

ポピー

魔法のローブをかぶっているが、おそらく身長は真白と変わらないくらいだろう。魔女さんと二人暮らし。ちなみに身長はローブをいれて135cm

文太~ぶんた~

真白のお友達。術者見習い。

奥美(おうび)の巫女

故人。真白たちの母。

黒い龍

狭間に棲む黒い龍。烏に似た翼が生えている。怨念に近い想いを抱いて奥美の村を襲いはじめるが…。人間を襲う理由は食べるためなのか、恨んでいるのかは不明。真白が救いたいと願った人でもある。

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