第2話 月下の姫様

文字数 1,021文字

「げっげげ月佳(げっか)…なんでここに」

 兄は窓から自分の部屋に入るなり飛び退きそうになった。だが、なんとかこらえたようだ。飛び退けば窓から落ちてしまうからだ。一方、真白は人間の姿に戻ると静かに(こうべ)を垂れた。 

「あら、自分の城のどこにいようと構わないでしょう?」

 月佳と呼ばれた女性は兄の帰りをお待ちしておりましたと言わんばかりに畳から立ち上がった。兄の部屋で待っていたようだ。

 満開の桜が描かれた扇子で口許を隠し、にこにこしている女性。美しい紫陽花のような淡い紫の衣を纏い、結ぶことなく下ろしただけなのに艶のある長い黒髪、そして真白ほどではないが儚げな白い肌と伏し目がちな切れ長の目、ほんのり赤い小さな唇、どれをとっても儚げな、それこそ月佳美人(げっかびじん)を思わせるような美しい巫女。この城の主。

 だが綺麗な花には毒があるとも昔から言う。
「もしかして巫女ってどこにいても監視できるのか?」
 兄は頭をかく。知略に長けた兄なのに、なぜ月佳姫に隠しても無駄だということがわからないのか。

「「そんな力があれば苦労しません」」

 真白と月佳姫が声を揃える。兄は自分が墓穴をほったことにすぐ気付いたようだ。ヤバいという表情の兄、だがもう遅い。

 月佳姫はよよと泣き真似をしながら嘆き出した。
武黒(ぶこく)、やんちゃしてはダメとあれだけ言ったではありませんか。それなのに」
 兄、武黒は焦っている。ここで反論すれば何をされるかわかったもんではないということは武黒も痛いほど学んでいるからだ。それこそ鬼がでるか蛇がでるか。主たる月佳姫の機嫌を(そこ)ねるということは、玉手箱より危険な決して開けてはならない箱を開けてしまうレベルで怖いのだ。

「まぁ後で聞きましょう。真白の旅の報告も兼ねて夕餉(ゆうげ)の後にでも」

 しかし、月佳姫は大人しく引き下がった。

──何を考えてやがる。

 武黒は月佳姫を見つめている。だがいつもにこにこしてるので、表情からは読み取れなかった。嵐の前の静けさだろうかと構える武黒。しかし彼女は怯える武黒を無視して、真白に声をかける。 

「おかえりなさい、真白」

 真白に心からの笑顔を向ける月佳姫。真白も作り笑いではなく、心からの笑顔を主に向ける。
「ただいま戻りました。月佳姫」
 久々に帰った我が家だ。いつも通りの日常がそこにあり、真白はほっとした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

武黒~ぶこく~

真白の兄。職業は侍(サムライ)。

身長187cmの大柄な男性。剣術の使い手。

性格は乱暴だが良い兄であり、仲間思い。国内最強の侍のはずなのに、なぜか月佳姫にだけは逆らえない。

真白~ましろ~

白い龍の化身であり巫女。

身長130cmの12歳。普段は巫女袴や狩衣を着ている。

兄は2m近くあるのにも関わらず、なぜか伸びない身長に悩んでいる。

異世界でドレスを着せてもらったら、本当に歩くお人形さんみたいになってしまい、ポピーと魔女さんの着せ替えごっこに付き合わされている。

りゅか

実は当代随一の巫女を凌ぐ実力だった真白のお師匠さま。自称幽霊。本来、まだ死ぬ運命ではなかったらしいが…。

身長135cm。

月佳姫~げっかひめ~

当代随一の巫女。おっとりした女性。武黒の幼なじみ。

酒・賭博・喧嘩な武黒に時には苦言を呈することも。怒らせると怖い。実は武黒達のために厳しい修行に耐え、当代随一と呼ばれるほどの実力者になった努力家。

魔女さん

妖艶な謎の女性。どの世界にも属さない狭間と呼ばれる世界に住んでいる。普段は狭間にある荒野の洋館にポピーと二人暮らし。りゅかと仲が良いようだけど…。お酒と本が好きな美女。

蘭丸~らんまる~

東見(あずまみ)の領地の次男。武黒達の幼なじみ。武術に秀でている。弓と剣術の腕はなかなかのもの。ちなみに身長183cm。

困った兄弟達に悩まされている。

藍炎~らんえん~

東見(あずまみ)の領主。蘭丸の兄。

物腰はやわらかいのだが、女性好きであり、実際、よくモテている。

かなりの酒豪でザルを越えてワク。


陵王~りょうおう~

東見の長女。藍炎と蘭丸の姉。

剣術に優れる。無類の酒好き。

残念な美女。

ポピー

魔法のローブをかぶっているが、おそらく身長は真白と変わらないくらいだろう。魔女さんと二人暮らし。ちなみに身長はローブをいれて135cm

文太~ぶんた~

真白のお友達。術者見習い。

奥美(おうび)の巫女

故人。真白たちの母。

黒い龍

狭間に棲む黒い龍。烏に似た翼が生えている。怨念に近い想いを抱いて奥美の村を襲いはじめるが…。人間を襲う理由は食べるためなのか、恨んでいるのかは不明。真白が救いたいと願った人でもある。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み