第45話 選択に迷ったなら
文字数 1,681文字
いつも魔女が朝の習慣として読書をしているとポピーから聞いたからだ。とはいえ、個人の書斎というには広すぎる部屋である。真白はノックもなしに入室し、この部屋で一つしかない小さなテーブルに向かった。
「おはよう、真白」
魔女は、真白が声をかける前に振り向いた。誰が来たのかわかっていたのだろう。驚くこともなく彼女は微笑んでいた。
「座ってといいたいところだけど、服が乱れているわね」
魔女は本を閉じると、真白を見つめた。
──やっぱり……。
そう、真白は未だにこのドレスとかいう服に慣れないのだ。朝起きて着た当初はよかったのだが、歩いている内にどんどん着崩れてしまった。とはいえ、真白が着ているドレスは貴族階級が着るレースなど高価な装飾が施されたもの。貴族の姫は侍女に着せてもらうのが当たり前なので、一人で着れなくてもおかしな話ではないが。
「着せてあげるわ。いらっしゃい」
魔女は手招きすると、真白の着崩れた服の紐を一旦ほどき、本来の位置で結び直していく。
「すみません……」
真白は申し訳なさそうにしながら、魔女の前に立っていた。
「気にしないで。私とポピーの趣味に付き合ってもらってるわけだし」
真白は魔女の顔を見た。彼女はコルセットの紐を結ぶのに集中している。
──魔女さんとポピーの趣味?
どうやら今まで着ていた服は彼女たちの選んだものらしい。まるで人形のようなかわいらしいデザインである。
「あら、それにこちらがお招きしたお客様にみすぼらしい格好をさせる訳にはいかないわ」
呆然とする真白の顔をみて、魔女はこれはおもてなしでもあると付け加えた。
「なぜ、私は招かれたのですか?」
真白は単刀直入に聞いた。探りをいれたところで、魔女が答えたくないと思えば答えないだろう。
「出来たわ。真白、立っているのも難だからこちらの椅子を使って」
魔女は真白を上から下まで見て、満足そうにしていた。
「失礼します」
真白は魔女に指差された椅子に腰かける。昨晩、りゅかと二人で勉強していた椅子だ。真白が座ると魔女ももう一方の椅子に腰かけた。
「あなたを見込んだからよ」
そう言うと、魔女は手を振る。戸棚からティーカップと受け皿、ティースプーンが飛んできて、真白の前に置かれた。そこに鉄製のポットが勝手にコーヒーを注ぐ。
「苦かったら言って」
魔女がどうぞと言ったので、真白は一礼してから口をつけた。
──苦い……。
初めて飲む黒い液体。良い香りがするが、とても苦い。
「言ってって言ったでしょ」
魔女は微笑みながら、真白のカップに砂糖とたっぷりのミルクを注ぎ、スプーンで混ぜる。
「これでどうかしら?」
魔女はスプーンを受け皿におくと、再び飲むよう促した。
──美味しい。
先ほどまでとは違い、薄い茶色になった液体はほんのり甘くて、暖かい。優しい味に変わっていた。
「魔法みたいです」
真白は魔女に微笑んだ。魔女は思わずクスッと笑ってしまった。
「あなたの笑顔の方が魔法みたいに素敵だわ。この味はね、りゅかの好みなのよ」
魔女から発せられたりゅかという言葉に、固まった。
「私は魔法を扱う立場である以上、契約に口を挟むことは出来ないわ。でも、私は結果としてあなたが生きても、りゅかが生きてもどちらでもいいの」
魔女は暗い顔をしてうつむく真白の頬を両手で包んだ。
「生きている以上、選択を迫られることは沢山あるわ。これからも。でもね、あなたが真剣に考えて出した結論なら誰もあなたを責める資格はないのよ」
私もあなたも誰もが知らず知らずのうちに選択をしているのだと魔女は続けた。真白は泣きそうなのをこらえた。昨日、無表情に話す彼女を怖い人だと誤解していたが、ポピーの言った通りの優しい人だと真白は思い直す。
「まだ質問に答えられてないわね。でも先にあなたの質問をすべて聞いてから、まとめて答えるわ」