第三十七話「風の使い」
文字数 1,359文字
空の散歩まであともう少し。その日エリーは、招待状を配達することになっていた。数日かけて、火炎の都、大地の都、そして水の都を巡っていく。招待状の準備も万全だ。これが招待状なのかと聞かれると少し疑問もあるが、エリーは大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。リヒトと共に作った招待状。それはとても素敵なものに仕上がっている。大丈夫だ。
そう思いながら、エリーは髪を高い位置で一つに結う。薄い桜色のワンピースを着て、そして荷物を手にした。
「ウィリアムさん、そろそろ行きますね」
「……一人で、大丈夫か」
「大丈夫です」
心配そうな顔をするウィリアム。なかなか珍しい表情だ。エリーは嬉しそうに笑って、もう一度「大丈夫です」と伝える。ウィリアムは納得していないような顔だが、ゆっくりと頷く。
「……気を付けて」
「はいっ」
ウィリアムの言葉に頷き、そしてエリーはリヒトと共に出ていく。まず最初にエリーが目指す場所。それは、火炎の都だ。
「よぉ、エリー」
列車から降りて、聞きなれた声に顔を上げる。そこにはシェルがいた。
「悪いな。サラは店番で来られねぇって」
「大丈夫ですよ。来ていただいてありがとうございます」
「お前の保護者らに頼まれてっからな」
肩を竦めて言うシェルに、エリーは首を傾げる。
「じゃあ行くか。どこから配るんだ? 案内するけど」
「あ、それでは、街の中央まで連れていっていただけますか」
「街の中央?」
「はい!」
怪訝そうな顔をするシェルに、エリーは楽しそうに笑った。
街の中央にたどりつくと、エリーはバッグから道具を取り出し、準備を始めた。シェルはそれを興味深そうに見ている。
「風船?」
「はい」
エリーが取りだしたのは、たくさんの赤い風船。そして風の都で買った、簡単に空気を入れることのできる小さな棒のような道具。それを風船に入れると、すぐさま空気が入り、風船は大きくなった。
「うお、すげえ」
初めて見たのか、シェルが驚いたようにそれを見ている。赤い風船に全て空気を入れ終えると、エリーはその風船を全て離した。
空高くへとゆっくり浮かんでいく赤い風船。街の人々は皆空を見上げて始める。すると、風船は大きな音を立てて、まるで花火のように破裂した。そして空に浮かび上がる招待状の文章。それと共に、空から降り注ぐのは、キラキラとした妖精の粉。街の人々は皆感嘆の声を上げている。シェルもまた、驚いたように空を見上げていた。
「あれが、招待状か?」
「はいっ」
はにかむエリー。シェルは嬉しそうにしながら、エリーの頭を乱暴に撫でまわした。
大地の都、水の都。数日かけてエリーは全ての都を回っていく。大地の都ではリートやシャール、そしてカイ。水の都ではビアンカ。それぞれ協力してもらいながら、エリーは招待状を空へ運んでいった。大地の都では緑色の風船。水の都はもちろん水色の風船。街の人々の嬉しそうな表情を見て、エリーは招待状係を任せてもらえたことを本当に嬉しく感じた。後で改めてアンナにお礼を言おうと心に決め、エリーは風の都へと帰っていく。
帰ったら、今度は本格的に空の散歩の準備が待っている。エリーは胸を高鳴らせながら、列車に乗り込んだ。