第四十四話「軌跡」
文字数 1,697文字
エリーはウィリアムに具合が悪いと告げ、部屋に閉じこもっていた。リヒトがいなくなってからもう数日が経とうとしていた。
エリーにとって、リヒトは大切だった。知らない土地にやってきて、道に迷って、それからずっと傍にいてくれていた。部屋に閉じこもりながら、エリーは度々堪えきれないかのように涙を流した。そんなエリーの様子が、ウィリアムやアンナたちに心配を掛けてしまっていることはわかっていた。しかしどうしようもなかった。――もう自分には、何もない。
コツン、と音がした。エリーは顔を上げ、窓の方へ寄る。もしかして――希望を抱きながら、エリーは窓を開けた。
「よっ」
窓を開けた瞬間、飛び乗ってきたのはシェルだった。身を固くしたエリーに、シェルは苦笑した。
「そんな絶望した顔されると傷付くんだけど」
「……ごめんなさい」
目を逸らして言う。シェルは窓枠に座り込み、そしてエリーの手を取った。
「エリー」
「……はい」
シェルは真剣な顔でエリーを見ている。
「お前が何をそんなに落ち込んでるのか知らねぇけど、それは落ち込んで解決できることなのか?」
「……」
エリーは目を伏せる。もう何をしたって、リヒトは帰って来ない。
「ここに来て見てきた景色に、お前を救う力はないのか?」
「……」
エリーは眉を下げてシェルを見る。シェルは真っ直ぐにエリーを見つめていた。
「大丈夫だ」
シェルは力強く言った。きっと何の根拠もないのだろう。しかし、その言葉はエリーの胸にじんわりとした温かさをもたらしてくれる。シェルはにかっと笑って、そしてエリーの手を強く握った。
「行くぞ」
「え?」
そのまま窓の外へ飛び出してしまいそうな勢いに、エリーは慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「あ? なんだよ」
「外へ出るなら、玄関から出ます」
「そうか?」
そう言ってシェルはエリーの手を離す。
「じゃ、外で待ってる」
楽しそうに笑い、そしてシェルは窓の外へ飛んでしまった。羨ましい身軽さだ。エリーは深呼吸をして、部屋を出た。外へ出るのは何日ぶりになるだろう。靴を履き、玄関の扉を開く。街の香りがふわりとした。なんだか懐かしく思ってしまう。
「じゃ、行くか」
シェルについていくように、エリーも歩き出した。
「どこへ行かれるんですか……?」
「最高の場所だ」
得意気に言うシェル。エリーは不安そうな顔でシェルについていった。
到着した場所は、火炎の都、フランメだった。
「最高の場所だろ?」
「そう、ですね」
エリーは苦笑しながら答える。シェルにとってフランメが最高の場所であることは認識しているが、どうして連れてこられたのだろう。エリーは不思議に思いながら、街を歩いていく。相変わらず、街のあちこちに炎が力強く燃えている。なんだか少し熱い。エリーは前回フランメに来た時のことを思い出していた。すれ違う人の中に、時々鬼の姿が見える。そういえば、サラの父も鬼だった。そんなことを思っていると、ちょうど思い浮かべていた緋色の長い髪が目に映った。
「よ、サラ」
シェルが挨拶をすると、サラは頷いた。そしてエリーに目を移し、少し目を泳がせる。まるで何かを探しているようだ。どこか不思議そうな表情をして、そして真っ直ぐにエリーを見つめた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
美しい緋色の瞳に見つめられるのは、相変わらず慣れない。サラは悲しげに微笑み、そしてエリーの頭を撫でた。エリーは困惑したようにサラを見る。
「……大丈夫」
シェルと同じ言葉だ。エリーは小さく頷く。
「きっと、戻ってくる」
その言葉に、エリーは目を見開く。まるで、リヒトのことを知っているかのような口ぶりだ。目に涙を溜め、エリーは少し微笑んだ。
「……はい」
そんなエリーとサラの様子に、シェルが困ったように頭を掻く。
三人は火炎の陣のやっていない街の中を、ゆっくりと歩いて見ていくことにした。炎の熱さが、エリーの冷たくなった心を温めてくれた。