第三十六話「風光る」
文字数 1,626文字
寒さが和らぎ、温かい日差しが顔を出すようになった頃。エリーはアンナとお茶の約束をしていた。水色のワンピースを着て、エリーはキッチンへ向かう。コーヒーを飲むウィリアムに声を掛け、そして玄関を出ていった。ポケットには当然、リヒトが潜んでいる。最近は飛び回るよりポケットでじっとしている方が好きなようだ。お菓子もたくさん食べていることもあり、このままではリヒトはぶくぶくと太ってしまうのではないかとエリーは心配している。そんな心配も知らず、リヒトは大きくあくびをしながら、エリーのポケットでくつろいでいる。
いつもの喫茶店へ向かうと、そこには既にアンナの姿があった。テーブルの上には手紙のようなものがいくつか広げられている。少し不思議そうにしながら、エリーはアンナの前に座った。
「待ってたわよ、エリー」
「すみません。お待たせしました」
「もうすぐカフェオレが来るはずよ」
「ありがとうございます」
その時ちょうどカフェオレが運ばれ、二人でひと息つく。そして本題に入るかのように、アンナは身を乗り出した。
「実はね、エリーにお願いしたいことがあるの」
「お願い、ですか?」
「そう」
アンナはにんまりと笑う。エリーはそんなアンナを不思議そうに見つめる。
「もうすぐ、空の散歩があります」
「空の、散歩?」
「風の都の祭りのことよ」
「あぁ!」
驚いたような表情のエリーに、アンナは楽しそうに笑う。
「それで、今年の実行委員長は私なの」
「そうなんですか?」
「そうなの」
得意気に言うアンナに、エリーは小さくぱちぱちと拍手をする。
「それで、当然、今年の空の散歩にはエリーにも参加してもらいたくて」
「はい!」
「あなたには、招待状係をやって欲しいの」
「招待状係、ですか?」
「そう。招待状の準備と配達をお願いしたいの」
「わぁ……! 私でよろしいんですか?」
「もちろんよ。あなたしかいないと思ったからお願いしているの」
「あ、ありがとうございます!」
アンナの言葉に、エリーは顔を赤らめる。そのような重要なことを任せてもらえるなんて、思ってもみなかった。
「まだ時間があるからのんびりでいいけど、招待状をどうするか考えておいてね」
「わ、わかりました」
「一応例を出しておくと、今までエリーがもらってきたもののように、火炎の陣や泡沫祭みたいに物を贈る招待状もあれば、森のお茶会のように香りのついた手紙なんかもあるわ」
「はい。覚えています」
「基本的に招待状は何でもありだから、エリーの好きにしていいと思うけど。よかったら今日、街中をぶらぶらしてみる? 何か良い案が出てくるかも」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「ふふ、じゃあ今日の予定は決定ね」
その後二人で街中を歩き、いつものように楽しく過ごした。
アンナと別れ、エリーは家へと向かっていく。しかしその途中でリヒトがポケットから離れ、泉の方を指さす。
「行く?」
エリーの言葉に、リヒトは一生懸命頷く。招待状のことを考えながら、エリーはリヒトと共に泉へと向かった。
泉に着くと、そこにはたくさんの妖精が遊んでいた。これほどたくさんの妖精と会ったのは久々なのではないだろうか。エリーは目を輝かせてその光景を見つめる。風の都には妖精がいる。そのことを、招待状に映すことはできないだろうか。ぼんやりと考えるエリーに、リヒトがウィンクをする。不思議そうにしていると、リヒトを筆頭に、妖精たちは突然上に飛び、そしてまるで踊っているかのようにふわふわと飛び回った。妖精の光がキラキラと辺りを照らす。その光景をエリーは嬉しそうに見つめ、そして気が付く。まるで蝶の鱗粉のように、辺りにキラキラとした粉が舞っている。エリーはそれを見つめ、そして嬉しそうにリヒトを見上げた。リヒトは親指を立ててエリーに再びウィンクをした。