第二十話「森のお茶会」

文字数 4,533文字


温かい日差しでエリーは目を覚ました。ゆっくり起き上がり、枕元で眠るリヒトの姿を確認する。横を見ると、まだ眠っているアンナと、エリー同様にベッド上で起き上がっているサラの姿。目が合うと、サラは優しく微笑んだ。

「……おはよう」

「おはようございます」

火炎の都の祭りの時は太鼓の音で目を覚ましていたが、今日はそれがない。ベッドから下り、窓を開けてみる。ふわりと森の香りがした。外を見ると、そこには丸い木のテーブルがたくさん。そしてその周りに座る人々に、自由に歩き回っている動物。テーブルの上には、ティーカップやお菓子がたくさん置かれている。

「んー」

アンナの声がして、エリーは窓の外から視線を外した。

「おはよう」

「あ、サラ。おはよう」

「おはようございます」

「エリー、おはよう」

軽く伸びをしながらアンナは起き上がった。そして寝起きとは思えないくらい元気そうに笑った。

「今日は森のお茶会ね。早く着替えて行きましょうか」

「はい!」

すると、サラがクローゼットから三着のワンピースを取り出した。緑を基調としたものと、茶色を基調としたもの。エリーが渡されたのは、白を基調としたワンピースだ。素朴な色合いだが、花が散りばめられていて華やかなデザイン。

「わぁ、素敵ですね」

「そうでしょ? 森の植物を使って作られたんですって」

アンナが楽しそうに笑う。エリーは感心したようにワンピースをじっと見つめる。

「見てないで着替えて。私お腹空いちゃった」

「はい」

着替え終わると、エリーは起きたばかりのリヒトに見せつけるようにくるくる回った。リヒトはぼんやりとそれを見ている。

「エリー、これも」

「はい?」

そう言ってアンナはエリーの頭に何かを乗せる。鏡を見てみると、花の冠を頭に乗せていた。

「似合うわよ」

「わぁ、ありがとうございます!」

にこにこするエリーに、嬉しそうなアンナ。サラも穏やかな表情をしている。

「お祭りっていつもこうしてお洋服が用意されているんですか?」

「まぁね。着たい人だけ予約しておくって感じだけど」

そう言ってアンナは笑う。そんな彼女は耳の上に花を挿していて、緑メインのワンピースを着ている。姿勢よくこちらを見ているサラは、茶色のワンピースに、髪を花の紐で結わえている。皆とても似合っている。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「はい」

「……うん」

三人が揃って玄関へ向かうと、そこにはウィリアムたちが既に待機していた。エリー達ほどの華やかさはなかったが、やはり素朴な色合いの服を着ている。ウィリアムと目が合い、エリーはふわりと微笑んだ。
「お待たせしました!」


外に出ると、先程窓から見た光景があった。祭りというより、お茶会だ。

「森のお茶会、ですか」

「ああ」

やはりいつもより返事の早いウィリアム。エリーはくすっと笑って、周りをきょろきょろと見回している。

「おはよう」

ふと聞こえた声に、皆は振り返る。そこにはカイとリート、そしてシャールがいた。リートとシャールはエリー達よりも草花が多く施されたドレスを着ていて、とても華やかだ。よく似合っている。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

エリーが声を掛けると、リートがエリーを見上げて挨拶を返す。

「あの、とても、素敵です」

「エリーも似合っているぞ」

淡々とリートがエリーに返す。表情の変化はウィリアムよりも乏しいようだ。

「午後からは音楽の時間がございますので、お相手を見つけておいてくださいね」

「音楽の時間……?」

シャールの言葉にエリーは首を傾げる。近くにいたリートが、口を開く。

「舞踏会のようなものだ。男女ペアになって、踊る」

「そうそう。午前中はたっぷり食べて、午後はたっぷり踊るのよ」

アンナがエリーに抱き着きながら楽しそうにそう言って、続ける。

「もちろん、午後もケーキを食べたり紅茶を飲んだりしてもいいわよ」

「森の動物と戯れてもいいし、踊ってもいい。自由を楽しむのが、森のお茶会だ」

アンナとリートの言葉にエリーは頷いて笑う。聞いただけでなんだか素敵な祭りだとエリーは感じた。ちなみにリヒトは既にテーブルの上でお菓子を食べている。

リート達が去ると、アンナはにかっと笑ってウィリアムの肩を叩いた。

「ウィル。エリーは任せたわよ」

「ああ」

迷わず頷くウィリアムに、エリーはきょとんとする。何を任せるのだろう。

「何を不思議そうにしてんのよ。ダンスのペアのことよ」

「えっと、あの、よろしいんですか……?」

「……俺はお前と踊りたい。嫌だったら断ってもいい」

「いえ、嫌だなんて、そんな」

エリーはあたふたしながら一生懸命言葉を続ける。

「あの、よろしくお願いします」

ほのかに頬を桃色に染めながらエリーはウィリアムを笑顔で見る。表情の乏しいウィリアムの口角もかすかに上がっている。

「決まったんならもういいわね。エリー、サラ、食べるわよ」

楽しそうにそう言ってエリーはアンナに引っ張られる。サラもそれに続く。向かう先はリヒトが既にお菓子をたくさん食べている小さな丸いテーブルだ。お菓子が終わってしまう心配はなさそうだが、それにしてもリヒトは食べ過ぎている。エリーは少し呆れたような視線を送った。

「いきなりお菓子でもいいけど、まずは朝食にしないとね」

アンナはそう言ってサンドイッチに手を伸ばす。エリーも手に取り、口に運んだ。

「美味しいです」

「でしょ? ここの食べ物は絶品なのよ」

得意気に笑うアンナに、エリーは尋ねる。

「あの、アンナさんとサラさんのパートナーは……」

「あぁ、ダンスの? 私はダニーよ」

「……シェル」

当然のように言う二人。しかし二人がダンスに誘ったり誘われたりしている様子は見られなかった。

「もしかして、毎年そうなんですか?」

「まぁね。たまーに変わったりするけど、基本的にはいつも同じよ」

アンナの言葉にエリーは感心して頷く。本当に仲が良いのだ、とエリーは温かい気持ちになる。しかしどこか引っかかる。


「あ、来た来た」

明るいアンナの声にハッとする。エリーはぼーっとサンドイッチを手にしていた。アンナの方へ視線を移すと、そこには大きな鹿がいた。先程までいなかったが、テーブルにも何匹かのリスが現れている。

「森のお茶会の日はね、森の動物たちが街にやってくるのよ」

「そうなんですか!」

エリーは笑顔でそっと近くのリスに手を伸ばす。鼻をひくひくさせながら、リスは近付いてくる。エリーはふと思い立ち、サンドイッチの一部をリスに差し出す。サッと素早く奪われ、テーブルの端でそれを食べ始めた。

「可愛い」

エリーの言葉にアンナとサラが頷く。リヒトがどこか不機嫌そうなのは、小動物に敵対心を抱いているからだろうか。次々と集まってくる動物たちに、エリーは笑顔で戯れる。森の愉快な仲間たちと共に、エリー達は食事をとることになった。



午後になると、動物たちがそわそわしだした。それを不思議そうに見ていると、今度はお茶会を楽しんでいた人間たちも立ち上がり始める。程なくして、街に聞き覚えのある声が響き渡った。

『まもなく、音楽の時間です。パートナーと共に街の中央にお集まりください』

この穏やかな声は、シャールのものだ。それを聞きながらぼーっとしていると、別のテーブルで食事をしていたはずのダニエルがやってきた。いつもと変わらない笑顔だ。

「アンナ」

「あら、ダニー。遅いわよ」

「それはそれは、失礼致しました。……僕と踊っていただけますか?」

「ふふ、どうしようかしら」

「……アンナ」

「冗談よ。踊りましょう」

そう言ってアンナとダニエルはテーブルの傍を離れていく。それを見つめていると、今度はシェルが現れた。全身から発熱しているかのように顔から首まで、そして手も赤くなっている。

「……サ、サラ」

「……シェル」

「あー、っと、その、オレと、踊ってくだ、さい」

「……」

「……」

「……はい」

「……っ! っしゃ!」

二人もまた、テーブルの傍を離れていく。エリーはなんだか嬉しそうな表情だ。ふとテーブルの上に視線を移すと、リヒトが身だしなみを整えている。それを眺めていると、リヒトはエリーを真っ直ぐに見つめた。そして優雅な仕草でお辞儀をしたかと思えば、今度は小さな手をエリーに差し出した。エリーはにっこり笑って、テーブルの上に手を伸ばそうとした。

「……食事は済んだか」

ふと上から降ってきた低い声に、エリーは顔を上げた。ウィリアムだ。伸ばしかけていた手は、リヒトに届いていない。リヒトは少しむっとしたように腕を組み、そして何事もなかったかのようにエリーの頭に腰を下ろした。ついていくつもりなのだろう。エリーが立ち上がると、ウィリアムはそっと手を差し出した。

「……踊っていただけますか」

「……はい」

エリーが笑顔で手を預けると、ウィリアムはわずかに微笑んでその手に口づけをした。エリーは少し驚いたように小さく声を出す。リヒトはまたしてもむっと唇を尖らせた。


街の中央へ向かうと、既に優雅な音楽と共にたくさんの人が踊っていた。お互い笑顔で手慣れたように踊るダニエルとアンナ。少し緊張した様子のシェルに、そっと微笑んで相手の踊りやすいように動くサラ。カイは小柄さを感じさせないくらい堂々と踊っていて、その相手のシャールはかすかに頬を染めて嬉しそうにしている。リートは優雅に紅茶を飲みながらそれを眺めている。森の動物たちは、まるで祭りの雰囲気を楽しむように街中を歩き回っていた。

雰囲気を壊したくないと思いつつも、エリーはウィリアムに声を掛けた。

「……あの、私、ダンスはよくわからないのですが……」

しかしウィリアムは気にした様子もなく、エリーの手を取り、支えるようにして背中に手を滑らせる。

「大丈夫だ」

根拠のない言葉に、エリーは不安げに眉を下げる。しかしウィリアムはいつも通りの表情だ。

「……お前は、大丈夫だ」

いまだかつて聞いたことのない程に、その言葉は自信に満ちているようだった。その言葉にエリーは力を抜き、手をそっとウィリアムの腕に置いた。わずかに微笑み、そして二人は踊り始める。エリーは全く踊れる気がしていなかったが、音楽に合わせてスムーズに踊ることができている。リヒトもリラックスしたようにエリーの頭の上に居座っていた。

「……大丈夫だろう」

「ふふ、はい」

ウィリアムの言葉にエリーは微笑んだ。きっとウィリアムの動きが良いのだ。エリーは完全にウィリアムに身を任せ、踊っていた。今までのパートナーはきっとすごく幸せだったのだろうな、とエリーはしみじみと思う。

いつもと違う皆の雰囲気。その雰囲気に新たな一面を見つけ、そして更に絆が深められたようだった。
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