第四十六話「帰心」
文字数 1,313文字
エリーは海を見ていた。気分転換をするウィリアムを追いかけてきたわけではない。今日は一人だ。エリーは、自身の記憶と向き合おうとしていた。海で倒れていたエリー。船に乗ると意識を失い、大切そうに握っていたと言われる指輪には懐かしさを感じる。ふと頭の中に浮かんだ美術館。頭を撫でる優しい手。レイラ様と呼ぶティーナの声。その全てを思い浮かべてみるも、記憶は戻らない。ティーナに直接聞くしかないのだろうか。そんなことを思いながら、エリーは海を見つめる。
すると、エリーの前に見慣れた尾ひれが現れる。ビアンカだ。
「ハイ、エリー」
海から顔を出し、美しく微笑むビアンカ。
「こんにちは、ビアンカさん」
ビアンカ悪戯っぽく微笑み、エリーを見上げる。
「今日はね、あんたをいい所に連れてってあげようと思ってるの」
「……水の都ですね?」
エリーの言葉に、ビアンカは肩を落とす。
「なんだ、バレてんの。まぁいいわ。ちょっと待ってね」
そう言ってビアンカは小瓶を出し、そして飲み干す。エリーは不思議そうにそれを見ている。すると、ビアンカが海から上がって歩き出してきた。足が、ある。
「ビアンカさん、それ……」
「水の都には、こういう薬もあんのよ。高級だし、長期間は効かないんだけどね」
「そう、なんですか」
「そうよ。人魚たち皆でエリーのために薬を使おうって決めたの」
そう言ってウインクをする。エリーは眉を下げて笑った。
「ありがとうございます。私のために」
「じゃあ今日は私があんたを連れてってあげるわね。といっても、列車なんて使ったことないから、頼りにしてるわよエリー」
「ふふ、わかりました」
そうしてエリーはビアンカと共に駅へ向かった。列車に乗って、水の都へ向かうのだ。
到着した場所は、水の都、トレーネだった。
「この街って、こんな風に見えているのね」
ビアンカの言葉にエリーは首を傾げた。
「ビアンカさんは、こうして見たことがなかったんですか?」
「そりゃあそうよ。この薬使ったことなかったもの」
「そうなんですか」
「そうよ。だけど今日は特別。一日中、あんたとこの街を歩き回るつもりよ」
覚悟してね、とビアンカはまたエリーに向けてウインクをする。エリーは楽しそうに笑い、頷いた。
全てがガラスでできているような、透明感溢れる街。相変わらずの美しさだ、とエリーは思う。
「泉に行きましょう」
「はい!」
泡沫祭では、人魚たちが空を飛んでいるように泉で踊っていた。その光景を思い出しながら、泉へ向かう。
「エリー」
「こんにちは」
「久しぶりね」
たくさんの声に出迎えられる。人魚たちだ。
「ビアンカ、いい足ね」
「でしょう?」
「私の尾ひれには敵わないけどね」
「もう」
ふふ、と笑ってビアンカたちが言葉を交わす。人魚たちと話したり、泉を見る。
「エリー」
「はい」
ビアンカに呼ばれ、エリーは顔を上げた。
「楽しいでしょ?」
「はい」
自信たっぷりの表情に、エリーは笑って頷いた。
水の美しさが、エリーの瞳を輝かせてくれた。