第十六話「絆」
文字数 1,981文字
最近、家によくアンナとダニエルが来る。それも、夜にお酒を持ってやってくることが多い。今日もエリーは、アンナとダニエル、そしてウィリアムのためにおつまみを作っていた。中でも人気なものがだし巻き卵とアスパラをベーコンで巻いた物だ。巻き物が好きなのだろう。
ウィリアムがリビングにやってくるのと同時に、呼び鈴が鳴った。エリーは慌てて玄関へ向かう。扉を開けると、そこには予想通りアンナとダニエルの姿があった。
「やっほ、エリー」
「エリーちゃん、こんばんは」
「アンナさん、ダニエルさん。こんばんは」
にっこりと笑って出迎える。二人は両手に袋を持っていた。中はもちろん酒だろう。アンナとダニエルは扉を閉め、家に上がる。
「もう少しで出来るので座っていてください」
そう言って、エリーは急いでおつまみを仕上げる。三人の挨拶を交わす声がリビングから聞こえてくる。ちなみに、リヒトは部屋でお留守番だ。
「お待たせしました」
「おぉー」
エリーがテーブルにお皿を置くと、アンナが嬉しそうに歓声を上げた。ダニエルもにこにこしていて、ウィリアムは……すごくわかりにくいが、機嫌はいいだろう。おそらく。
「何かリクエストがありましたらおっしゃってくださいね」
「さっすがエリー」
アンナがエリーをぎゅっと抱きしめる。エリーは少し照れたように笑った。
「エリーもお酒飲もうよ」
「い、いえ。遠慮しておきます」
酒に弱いというわけではないが、エリーは酒の味があまり好きではなかった。「そう?」と残念そうに言うアンナ。エリーはテーブルの端の方にひっそりと腰掛けた。
「ウィル、締切間に合ったの?」
「……」
アンナの問いに嫌そうな顔をするウィリアム。ちょうど今、行き詰っているところなのだ。
「今回もメルヘンな話書いてるの?」
「あぁ」
「だったら泉に行くのはどう? 妖精がいるって聞いたことあるわよ」
「でも妖精って純粋な人にしか見えないって聞いたよ?」
「あら、じゃあウィルには見えないわね」
「おい」
ウィリアムは話を終わらせようにぐいっと酒を口に運ぶ。友人や知人に作品のことを言われるのはやはり苦手らしい。ダニエルは苦笑して、酒に手を伸ばした。
「まぁまぁ、仕事の話はなしにしよう」
「それもそうね」
「あぁ」
美味しそうにおつまみを食べながら、アンナはどんどん酒を飲んでいく。しかしアンナだけではない。ダニエルとウィリアムも、酒はかなり飲む方なのだ。最近になってそれを知ったエリーだが、その量には毎回驚かされている。
「サラがこの場にいたらなぁ」
「仕方ないよ。サラはもう火炎の都の住人なんだから」
「ずっとこっちで暮らしてくれればいいのに」
「……そういうわけにはいかない」
「むぅ」
「サラがまた引っ越してきたら、きっとシェルが悲しむよ」
「そうなっちゃえばいいのよ。意気地なしなんだもの」
「まぁまぁ、彼も頑張ってるよ。多分ね」
三人の話をにこにこと聞いているエリー。話している内容が分からないわけではないのに、ほのかに虚しさを感じてしまう。それほど三人の空気感は完成されているような気がする。
しばらく会話を聞いていたエリーは静かに席を立ち、追加のおつまみをキッチンに用意しておき、部屋へと戻った。ベッドでくつろぐリヒトの姿を見つけ、エリーは微かに微笑んだ。エリーに気が付いたリヒトは顔を上げて、首を傾げる。
「ただいま」
エリーがそう言うと、リヒトはふわふわとエリーの傍へ飛んで行く。エリーの周りを何周か飛び回り、やがて少し心配そうな表情でエリーの頬に手を当てた。
「大丈夫だよ」
にっこり微笑んで言うと、リヒトも眉を下げて微笑む。エリーはそのままベッドへ向かい、ごろんと寝転がった。
「……わかってたけど」
エリーは誰に言うでもなく呟く。
「勝手に家族のようなつもりでいたみたい」
リヒトが心配そうにエリーの顔を覗く。そんなリヒトに向かって、エリーは微笑んでみせた。
「過ごした時間の長さには、敵わないよ」
その言葉にリヒトは一生懸命首を横に振る。エリーは笑って、ベッドから起き上がった。
「ふふ、リヒトは私の家族になってくれる?」
エリーの問いに、リヒトはキリッとした表情で首を今度は縦に振った。いつもリヒトは、エリーの心を癒してくれる。
「暗くなってたらいけないよね。明日は街に出てお菓子屋さんにでも行こうか」
その言葉にぱっと瞳を輝かせるリヒト。エリーは楽しそうに笑って、リヒトの頭を指先で撫でた。
――でも所詮、私は記憶も名前もない赤の他人だ。
心の奥のもやもやに気付かないふりをして、エリーは明日着ていく服をリヒトと共に決め始めた。