第十五話「恋心」

文字数 4,280文字




朝の早い時間に、突然呼び鈴が鳴った。薄い水色のワンピースに、胸元に伸びる亜麻色の髪を高い位置に結ぶ。そんな身支度を済ませ、朝食を用意していたエリーは不思議そうに玄関を見る。扉を開けると、勢いよく肩を掴まれた。

「エリー! 助けてくれ!」

あまりの勢いにエリーは驚き、その声の主を唖然と見た。エリーの肩を掴んで涙目になっているのは、シェルだ。一体何があったのだろう。エリーはとりあえず冷静にシェルを家に上げることにした。

「あ、悪い」

コトン、とシェルの前にカフェオレの入ったカップを置く。向き合うようにして座り、エリーはカフェオレを一口飲んだ。

「……それで、どうなさったんですか?」

エリーが切りだすと、眉間にしわを寄せてカフェオレを睨んでいたシェルがびくっとした。そして顔を赤くしたり青くしたりと、突然百面相を始める。エリーは不思議そうにその光景を眺めた。

「あの、実は、だな」

言いづらそうにシェルが口を開く。なんだかそわそわしているその様子に、エリーは促すようにして問いかけた。

「サラさんのことですよね?」

「なっ」

驚いた様子のシェル。シェルの様子がおかしくなるとしたら間違いなくサラ関係のことだろうと、エリーは確信していた。そしてその確信は当たっていたようで、シェルはしばらく視線を泳がすと、観念したようにうなだれた。

「……おう」

やっぱり、とエリーは苦笑し、カフェオレを再び口に運んだ。

「……実はな、あのな、オレな、デ、デートを、だな」

「デート?」

「い、いや、デートっていうか、で、出かけるだけなんだけどさ、あの」

シェルが頭部を掻きむしり、辛そうに顔を歪める。

「明日……出かけるんだよ。二人で」

「デートですね」

「で、デート……ですかね」

顔を赤くして呟くように繰り返すシェル。エリーはにんまりと笑顔を浮かべた。

「でも、今までもお二人で出かけることくらい、あるものだと思っていました」

「二人だけっつーのはなかったんだ。サラの用事にオレが勝手についていくことはあったけどよ」

そう言ってシェルはぐいっとカフェオレを一気に飲み干す。カフェオレを一気飲みする人を見るのは初めてだ。

「それで、私は何をすればよいのでしょう?」

「協力、して欲しいんだ」

「協力?」

「そ、その、行く場所とか、服装とか、そういうの」

シェルが言いづらそうに視線を逸らして言う。なんだか楽しくなってきた。エリーはにこにこしている。

「女ってあるだろ、多分、その、希望っつーか、理想っつーか」

「アンナさんの方が詳しそうな気がしますが」

「あいつに言ったら一生言われ続けるだろ!」

シェルが慌てたように言う。確かに、からかわれる要素を自ら提供するようなものだ。

「ふふ、わかりました。できる限りのことはさせていただきます!」

「お、お前、意外とすっげぇ乗り気だな……」

エリーの勢いに今度はシェルがたじろぐ。しかしエリーも女の子だ。恋バナというものには興味がある。それに、こうして頼られたからには絶対に成功させたいとエリーは思ったのだ。

「それでは、まずはプランを練らなくてはなりませんね」

「お、おう」

「でもここにいてはウィリアムさんのお仕事の邪魔をしてしまうかも知れないので、外でもよろしいですか?」

「あぁ、オレは別にどこでもいいぜ」

「それでは、準備を済ませるので少し待っていてくださいね」

そう言ってエリーは昼食の用意もしておくことにした。自分たちは外で食べるとして、ウィリアムの分はきちんと用意をしなくてはならない。シェルを待たせてしまうことになったが、昼食の用意を済まし、次にエリーは部屋に戻ってリヒトを迎えに行く。一応クッキーを手渡し、出かける準備をした。

「お待たせしました」

「おう」

「あ、私をサラさんだと思ってデートの練習でもしておきますか?」

「い、いらねぇよそんなの」

エリーの提案にシェルはむすっとして答える。

「やっぱり私では力不足でしょうか」

「そうじゃねぇよ。お前は、エリーだろ」

シェルの言葉にエリーはきょとんとする。そして嬉しそうに笑って、「そうですね」と納得した。


外に出た三人は、あまり人の来ない味のある喫茶店に入る。秘密の話をする時は重宝するのだ。とりあえず珈琲を注文して、二人は作戦会議を開始した。

「それでは、まずは行く場所でしょうか……。時間や待ち合わせ場所は決まっていますか?」

「い、いや、まだ」

心なしか生き生きしている様子のエリーに戸惑うシェルとリヒト。そんな彼らの心情を気にせず、エリーは真剣に思案する。

「そうですね……。サラさんは雑貨店をやっているので、お買い物とかは避けた方がいいかも知れません。せっかくのデートなのですから、お仕事のことよりシェルのことを考えて欲しいですもんね」

「え、いや、えっと」

エリーの言葉にシェルは顔を赤くする。

「サラさんのことはまだあまりよく知りませんが、綺麗なものとかは好きなのでしょうか」

「あー……す、好き、なんじゃねぇの。店に仕入れるものとか、配置とか、全部あいつがやってるし」

少し言いづらそうにしながら答える。その答えに、「うーん」とエリーは考えるようにカップを指でなぞった。

「それでは、水族館とか美術館とかいいかも知れませんね。シェルには向いてなさそうな気もしますが」

「ひでぇな! オレだってそういう場所くらい行くし! むしろガラス作りに置いて、そういう感性は大事なんだからな!」

むきになって言うシェルに、エリーは微笑んだ。

「ふふ、場所は決定でいいですか?」

「おう、任せろ」

「でもそれだけだと物足りないですよね。その後はこういった喫茶店でお茶をするのがいいと思いますよ。いっぱいお話できますし」

「お、おう……そうだな」

少しむず痒いような思いをしながらエリーの話を聞く。

「後はそうですね……サラさんを連れていきたい場所とか、ないですか?」

「うぁっ……あー、おう」

「あるんですね?」

「そりゃ、ま、あな」

歯切れの悪いシェルに、エリーは首を傾げた。

「そんなに言いにくい場所なんですか?」

「いあ、そんなことねーよ。明日、実は、その、夜、流星群があるらしいんだ」

「わぁ……! 流星群!」

「おう。お前んとこからも見えると思うぞ」

「ふふ、見てみます」

夜になったらリヒトと空を眺めていようと思うエリー。

「だから、その、それを見て、オレの新作を、その、贈ろうかな、って」

「新作、ですか?」

「星をモチーフにした、ガラスのペンダントを、作ったんだ」

「準備万全ですね」

「ぐ、偶然だからな。別に、前々から明日のために用意したとか、そのために、頑張って誘ったとか、そんなんじゃねぇからな」

「前々からサラさんと一緒に流星群を見るために頑張っていたんですね」

「……ちげぇって」

簡潔にまとめるエリーの言葉にシェルは顔を赤くして否定する。

「後は、服装ですか?」

「あ、あぁ」

「いつも通りだと特別感ないですもんね。あ、今から買いに行きますか?」

「え、あ、あぁ……かまわねぇけど」

「じゃあそうしましょう!」

そう言ってエリーは勢いよく立ち上がる。その時、頭にピリッと痛みが走った。思わず目を閉じたエリーの頭に浮かんだのは、見知らぬ美術館。楽しそうに絵を見る自分と、隣に誰か。顔はぼやけていてよく見えない。その誰かが、温かい手で自分の頭を撫でた。

「お、おい。エリー?」

「え?」

「大丈夫か?」

目を開けると、そこには心配そうにエリーを見るシェルとリヒトの姿があった。今の情景はなんだったのだろうか。エリーはにっこりと微笑んだ。

「少し眩暈がしただけです。ごめんなさい」

「いや……無事ならいいんだけどよ」

「……行きましょうか」

「おう」

喫茶店を出ると、リヒトがエリーの頭の上に乗る。まだ少し心配そうな表情だが、エリーの笑顔にリヒトも笑みを零す。シェルは翌日のことに緊張しているのか、どこか本調子じゃないようだ。

「以前アンナさんと行ったお店に、男性用の洋服もあったはずです」

「へ、へぇー」

少し挙動不審になりながら歩いていくシェル。今隣を歩いているのは、サラではなくエリーなのだから、今から緊張しなくてもいいはずなのに。なんだか微笑ましく思いながら、エリーは楽しそうに歩いた。

店に着くと、エリーはシェルを案内しながら次から次へと服の提案をしていた。最初はエリーの頭の上でそれを見守っていたリヒトだったが、しばらく経つとうんざりしたように店の外へ出て、店の看板に腰を下ろした。

「ふふ、明日が楽しみですね」

「あ、あぁ」

楽しそうな表情のエリーと、少し疲れたような表情のシェル。手に袋を持ちながら、二人は店を出てきた。リヒトはふわふわとエリーの頭の上に再び身を預ける。空を見上げると、茜色が目に反射した。

「そろそろ帰りますか」

「そうだな」

「あ、一応練習だと思って手でも繋いでおきますか?」

「繋がねぇよ! つーか明日も繋ぐ予定ねぇよ!」

エリーの言葉に顔を赤くして反論するシェル。エリーはくすくすと笑って、歩みを進めた。



次の日の夜。エリーはリヒトを肩に乗せて窓を開け、空を見上げていた。シェルの話によると、今日は流星群。一群の流星が、夜空に輝く日だ。ぼんやりと空を見上げるエリー。シェルのデートのクライマックスでもあるのだ。星が流れないと困るなぁとエリーは思っていた。リヒトも少し心配そうに空を見上げている。リヒトもまた、シェルの味方なのだ。

「あっ」

エリーの声にリヒトは更に顔を上げる。確かに、流れる星が見えた。エリーとリヒトは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。

次から次へと空に流れていく星々。その光景を見ながら、エリーは再び頬を緩ませた。




朝の早い時間に、突然呼び鈴が鳴った。薄い水色のワンピースに、胸元に伸びる亜麻色の髪を高い位置に結ぶ。そんな身支度を済ませ、朝食を用意していたエリーは不思議そうに玄関を見る。扉を開けると、勢いよく肩を掴まれた。

「エリー! 聞いてくれ!」

あまりの勢いにエリーは驚き、そして楽しそうに笑った。


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