第二十四話「二人の色」
文字数 2,776文字
期間限定でリザのお店で働いていたエリー。リザやテオと共に働く日々はとても楽しかった。ちなみにリザとテオは、幼馴染だということだった。
そんなお店で初めてもらった報酬。その報酬で、エリーはウィリアムに日頃の感謝を伝えようと決めていた。共に出かける約束は、既に取り付けている。エリーはタイツを履きワンピースを着て、上着を羽織った。外は寒くなってきたため、首元の防寒も兼ねて髪は上半分だけを結わえる。一緒に行きたそうな表情をするリヒトは、今日はお留守番。後ほどクッキーを焼くという約束で手を打ってもらったのだ。
玄関へ向かうと、そこには既にウィリアムの姿があった。少しは楽しみにしてくれていただろうか。エリーは笑顔で駆け寄った。
「お待たせしました」
「……ああ」
外に出ると、馴染みの風景が前方に広がった。街を少し歩くと、改めてエリーはウィリアムに尋ねる。
「ウィリアムさん、どこか行きたいところはありますか? どこへでもお付き合いしますよ」
目をキラキラさせてウィリアムを見つめるエリー。今日はウィリアムに尽くすための日だ。なにより、ウィリアムと一緒ならどこへ行っても楽しいとエリーは思っていた。
「……そうだな」
少し考えるように目を伏せ、ウィリアムはわずかに口角を上げる。
「……お前の行きたいところに、俺は行きたい」
「ウィリアムさん……」
ウィリアムの言葉にエリーは感動したように瞳を潤ませる。そして、苦笑した。
「……考えるのが面倒なんですね?」
「……さあな」
エリーと目を合わせることなく答えるウィリアム。図星なのだろう。エリーは風の都を思い浮かべながら考える。どこへ行けば、ウィリアムに楽しんでもらえるのか。どこへ行けば、ウィリアムともっと仲良くなれるのか。考えていたエリーは、ふと笑顔になり、ウィリアムに提案した。
「ウィリアムさんの書かれた本の舞台を見てみたいです!」
「……は?」
驚いたようなウィリアムに、エリーはにっこりと笑みを向けた。
最初に向かったのは、街の中央にある噴水。駅の次に人通りの多い場所と言っても過言ではない。噴水を中心として様々な方面に道が伸びていて、あらゆる店が建っている場所だ。
「やっぱり、ここが舞台となっていたんですね」
「身近な場所の方が書きやすいからな」
「この街、とっても綺麗ですもんね」
「……そうだな」
エリーの勢いに圧倒されながらもついていくウィリアム。並んでいる店をなんとなく眺めながら歩き、そしてエリーは雑貨屋の前で立ち止まった。
「少し入ってもよろしいですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
今日の目的はウィリアムを楽しませるだけではない。何か贈り物を贈ろうと思っているのだ。エリーは店内をぐるぐると回りながら、何を贈るかを考える。ウィリアムはぼんやりとゆっくり店内を眺めていた。
「お待たせしました」
手に小さな袋を持ち、エリーはウィリアムに声を掛けた。ウィリアムはゆっくりとエリーに視線を移し、そして店の外へ向かった。
「……図書館は、行かなくてもいいか」
真剣な面持ちでそんなことを言い出すウィリアム。確かに、図書館が舞台となっている本を書いていた。エリーはくすっと笑って頷いた。
「ダニエルさんがいますもんね」
「……まあ」
そして次の目的地は、決まった人しか利用していない街の奥の寂れた映画館に決定した。
噴水に映画館、風車に時計屋。食事は小さい頃によく行っていたという小さなレストラン。たくさんの場所を見て回った。全てウィリアムの書いた本の舞台となっている場所だ。行ったことのある場所もあったが、エリーはその全ての場所を目に焼き付ける。ウィリアムの見ている世界を共有することができたような気がした。
「暗くなってきましたね……」
寒い季節は、空が早く暗くなってしまう。名残惜しそうに言いながら、エリーは空を見上げる。
「……そろそろ、帰るか」
「あの、最後に少しだけ、いいですか?」
「……なんだ」
「……海に、行きたいです」
エリーの言葉にウィリアムはわずかに微笑む。そして二人で海へと歩き出した。
海に到着すると、既に空は夜を告げていた。海から街へ向かうところにある街灯だけが海を照らしている。
「ここで、私はウィリアムさんに助けられたんですよね」
ぼーっと海を眺めるウィリアムに身体を向け、エリーは持っていた小さな袋を差し出した。
「ウィリアムさん」
「……なんだ」
「いつもありがとうございます。ここでの生活が始まった時から、私はずっとウィリアムさんに助けられてきました。本当に感謝しているんです」
そう言ってにっこり笑う。別れを告げている訳ではないのに、どこか寂しさが込み上げる。それはウィリアムも同じなのか、贈り物を受け取ることを躊躇しているようだ。
「私の、感謝の気持ちです」
「……ありがとう」
ウィリアムは袋を受け取り、そしてエリーを見つめる。
「開けてもいいか」
「もちろんです」
ウィリアムは袋から箱を取り出し、そして中を開ける。そこには、エリーが雑貨屋で買った万年筆が入っていた。ウィリアムの髪の色と同じ、烏羽色の万年筆だ。ウィリアムの少し驚いたような顔をして、そしてウィリアムは微笑んだ。
「……ありがとう」
「喜んでいただけたなら嬉しいです」
エリーが嬉しそうに笑う。
改めて万年筆を大切そうに箱にしまったウィリアムは、上着のポケットから小さな箱を取り出した。
「……受け取ってくれ」
「え?」
戸惑うエリーに、ウィリアムは箱を開けて中のものを取り出す。そしてエリーに一歩近づいた。手にあるのは、指輪だ。繊細そうな鎖でネックレスのようにしている。
「感謝しているのは俺の方だ」
戸惑うエリーに、ウィリアムは悲しげに微笑む。
「……俺はお前の思っているような、立派な人間じゃない」
「ウィリアムさん……?」
ウィリアムはネックレスをエリーに付けるため、後ろに回った。
「……お前の眠った記憶の中の思い出を、上書きできたらいいって、いつも考えるんだ。そうすれば、お前がいなくなることも……」
ない、とウィリアムは小さな声で続ける。首元につけられた指輪には、エリーの瞳と同じ蜂蜜色の宝石がついていた。考えることは同じだと思い、エリーは頬を緩ませる。その指輪を見ていると、なんだか涙が出てきそうだった。嬉しいはずなのに、何故か少しだけ。受け取りたくないと思ってしまった。
「……そろそろ、帰るか」
「そうですね」
二人は海辺から家の方へと歩き出す。砂浜には、二人の足跡が続いていた。