第九話「炎の街」

文字数 3,067文字



エリーは列車に乗っていた。これから火炎の都、フランメへ向かうのだ。

「ダニー、あれはタヌキよ」

「アライグマだよ、アン」

「……どっちでもいい」

幼なじみ三人組が楽しそうに話をしている。それをエリーは微笑みながら見ていた。リヒトは窓枠に座っている。

風の都、ヴィルベルから出ただけで気温が上がったような感じがする。ヴィルベルが比較的涼しいというのを実感した。しかしそんな暑さも心地よく感じるくらい、エリーはフランメに行くのを楽しみにしていた。

「エリー、お菓子食べる?」

唐突にアンナが鞄からお菓子の詰め合わせを出し、開けた箱をエリーに差し出す。リヒトの目が輝く。しかし今は食べさせることはできない。彼には諦めてもらうしか道はない。

「あ、ありがとうございます。いただきます」

控えめに口にするエリーを見てアンナが優しく微笑む。本当に姉のような人だ。リヒトは物欲しそうにエリーを見て、悲しそうな表情でゆっくりと再び窓の外に視線を移した。

見慣れない景色が過ぎていく。ウィリアムのところで暮らすようになってから、列車に乗るのは初めてなのだ。エリーは興味津々に外をじっと見る。リヒトとシンクロしているかのように表情が同じだ。

「エリー、ヴィルベルを出るのは初めてだもんね」

「火炎の陣以外にも祭りはあるし、これからはきっと見飽きるほどこの景色を見ることになるよ」

アンナとダニエルがエリーに言う。ウィリアムはいつもの無表情で外を眺めている。エリーは嬉しそうに頷いて、再び窓の外へ顔を向けた。




「おーい!」

駅に着くと、そこには茜色の髪がはねる青年、シェルが大きく手を振っている姿があった。隣には見慣れない緋色の長い髪をした美しい女の人もいる。エリーは確信した。噂のサラだ。

「待ってたぜ、エリー!」

「あら、私たちはお呼びでないってこと?」

「別にそういうわけじゃねーよ!」

アンナが意地悪そうな顔をしてシェルを見る。シェルは小柄なため、アンナを見上げる形になっている。なんだか可哀想だ。

「……」

すっとシェルの隣に緋色の女の人が立つ。こうして見ると、シェルの方がやや小さいように見える。彼女の履いている靴の影響もあるだろうが、きっと気にしているんだろうなと思うとやっぱりなんだか可哀想だ。

「サラぁ!」

アンナが突然その人に抱き着く。やはり、この緋色の髪と瞳をした人がサラなのだ。

「……アン」

「会いに来れなくてごめんね? サラ」

「ううん、大丈夫」

目を閉じて首を横に振る。何をするにも美しさが纏っている。エリーはぼーっと二人を見つめる。

「あ、そうだ。サラ。聞いた?」

「……?」

「この子、今ウィリアムと一緒に暮らしてるの。エリーよ」

「え、あ、どうも、エリーです」

突然言われ、エリーはあたふたしながら挨拶をした。ぺこっとお辞儀をして、顔を上げる。サラはふっと優しく微笑んだ。

「サラ・ホークアイ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

思わずおどおどしてしまう。美しさの前には誰もがこうなることだろう。エリーはそんなことを思いながら、リヒトに共感を求めようと宙を見る。

しかしリヒトは思っていた場所にいなかった。きょろきょろと探すと、サラの周りをぐるぐると回っているのを見つける。見えないからといって、失礼だ。エリーは呆れた視線を送る。その時、サラが一瞬リヒトの姿を目で追った。

「え」

思わず声が出る。サラとエリーの目が合う。サラは悪戯っぽく微笑み、髪を靡かせながら後ろを向いた。周りを見ると、他の皆も先を進んでいた。

「おーい、行くぞ。エリー」

シェルに呼ばれ、エリーは慌てて皆の背中を追いかけた。


フランメの街はヴィルベルとはまた雰囲気が違っていた。祭りの前日だからか、とても賑わっている。屋台の準備をしている姿も見られる。忙しなく動いている人々を見て、エリーは目を大きくさせてきょろきょろとしていた。どういう仕組みなのか、街のいたるところが燃えている。そんな炎もあって、暑さが倍増している。ヴィルベルから出たばかりのエリーは暑さに顔を赤くさせながら歩いていく。アンナとダニエルはサラと楽しく話をしていて、その一歩後ろをウィリアムが歩いている。これがこの幼なじみ四人の雰囲気なのだと思うと、エリーは心の中も温かく感じた。シェルは無表情でエリーの少し先を歩いている。


ぼーっと皆の後ろ姿を見ていると、エリーは人混みに押されてしまった。よろけるエリー。皆との距離がどんどん開いていく。リヒトの姿を探すが、見当たらない。なんだか息が苦しい。人が多いからだろうか。それとも暑さのせいだろうか。


「大丈夫か」

またしても人に押されてよろけるエリーを支えたのは、ウィリアムだ。

「ウィリ、アム……さん……」

「ぼーっとするな」

エリーを覗きこむ。エリーはぼーっとその無表情を見つめ返した。

「……行くぞ」

ウィリアムはそう言ってエリーの手を取り、歩き出した。息苦しさはもう感じていない。リヒトが心配そうにぐるぐるとエリーの前を回っている。エリーはそんなリヒトに微笑みかけて、ウィリアムの横顔を見た。いつもと変わらない無愛想な表情。エリーは安心して、前を向いた。

「ねぇエリー、聞いて。こいつサラを私たちに取られて拗ねてたのよ」

「拗ねてねぇって!」

「嘘よ。ねぇ、サラ」

「……?」

「そこでサラに振るなっつの!」

「シェルは相変わらず不憫だね」

「う、うるせぇよ」

アンナとダニエル、シェルとサラが盛り上がっているようだ。エリーは思わず笑ってしまう。

「エリーまで笑うなよ」

「ふふ、ごめんなさい」

シェルが拗ねたように唇を尖らせ、顔は少し赤らんでいる。そんなシェルを見て、エリーはまた笑った。



着いた先は宿屋だった。ここで一泊をして、明日は一日中祭りを満喫するという計画だ。そしてエリーはアンナと同じ部屋。

「明日はいよいよ火炎の陣ね」

「そうですね! 楽しみです」

エリーはにこにこと答え、窓の外を眺める。街の様子がよく見える宿だ。もう外は暗いはずなのに、まるで昼間のような賑やかさだ。

「明日がお祭りだからってのもあるけど、フランメはヴィルベルよりもずっと賑やかな街なのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。エリーもきっと気に入るわ」

「はい!」

窓の外を眺めながら、エリーはにこにこと笑う。街で揺らめく炎を見つめるエリーの瞳も赤く染まっている。そんなエリーを見てアンナは微笑んでいた。


「あっ」

「ん?」

「鬼がいます!」

エリーがそう言って驚いたような表情でアンナを振り向く。アンナは笑って窓際に近寄る。

「ヴィルベルには妖精がいるって聞いたことある? それと同じように、フランメには鬼がいるのよ。妖精と違って、かなり積極的に街に出てくる種族だけどね」

「そうなんですか……」

「えぇ。人と同様に暮らしているわよ」

「へぇ……」

エリーは身を乗り出しながら街を歩く鬼たちを見つめる。見すぎるのは失礼かも知れない。でもリヒトや他の妖精たちと同じように、少しでも仲良くできたら嬉しいなぁとエリーは考えていた。

「明日のお祭り、楽しみです」

しみじみと言うエリー。そんなエリーに後ろから抱きつきながら、アンナはいつものように豪快に笑った。
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