第十九話「人形の街」
文字数 3,190文字
大地の都に到着すると、自然の香りで胸がいっぱいになった。見渡す限りの木々。大地の都レームは、森の中だった。森に囲まれた都は、風や火炎の都と比べると小さいような気がした。しかしその優しい雰囲気に、エリーは興奮したように目を輝かせる。その頭上に乗るリヒトもまた、同じ表情をしている。そんなエリーを見たアンナが豪快に笑った。
「エリー、嬉しそうね」
「まったく、ガキだなぁ」
そんなことを言うのはシェルだ。それに対してにっこりと口を開くダニエル。
「そういうシェルも、いつも大地に都に着くとそわそわするよね」
「そ、そんなことねぇし!」
むきになるシェル。その光景を無言で眺めているのはサラ。そして、ウィリアムもまた、一緒に来ている。大集合だ。
「ウィリアムさん、楽しみですね」
「ああ。そうだな」
いつもよりテンポよく返ってくる言葉。エリーは不思議そうにウィリアムを見つめた。そんなエリーに気が付き、ウィリアムは目を細める。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもないです」
ウィリアムの様子がどこかおかしい。しかしきっと気のせいだと思い、エリーは皆と共に森の中を歩き出した。
明日は大地の都の祭りである森のお茶会が開催される。エリー達はそのために集合してやって来ていた。前回同様、宿に泊まる予定だ。今日はサラとシェルも一緒に来ている。宿も当然一緒だ。森の中を少し歩くと、様々な建物が見えてきた。どうやらそこが街のようだ。一番手前にある大きな木造の建物。その玄関前に、見知った顔が見えた。
「よく来たな」
宿の前、凛とした声でそう言ったのはリートだ。隣には穏やかな笑みを浮かべたシャールもいる。相変わらずの美しさに、エリーは嬉しそうに駆け寄った。
「リートさん、お誘いいただきありがとうございました」
「ああ。待っていたぞ」
「エリーさん、お久しぶりです」
「こんにちは、シャールさん」
和やかに挨拶を交わす。アンナ達もそれぞれリート達と交流があったりなかったりしているようで、各々で挨拶をしている。
「準備できたぞー」
扉が開き、声が掛かる。扉から出てきたのは、涅色の髪をした小柄な男の子だった。幼い顔をしていて、身長はシェルよりも低い。しかしどこか頼りになるような雰囲気のある、不思議な男の子だ。
「カイ兄!」
「おー、シェル」
シェルが嬉しそうに近寄り、カイと呼ばれた少年が優しくシェルの頭を撫でる。見た目はカイの方が幼く見えるため、どこか違和感のある光景だ。不思議そうにしているエリーに気が付いたのか、アンナがこっそりと耳打ちする。
「カイくんはね、私達の中で最年長なのよ」
「え、そうなんですか?」
「彼は小人族だからね。見た目は幼いけど、立派なこの宿の経営者なんだ」
聞こえていたのか、隣でダニエルがそう補足する。エリーは目を丸くしてカイを見つめる。一通り皆との挨拶を終えたのか、カイはエリーに優しく微笑んだ。
「こんにちは。君がエリー?」
「は、はい。そうです」
「自己紹介が遅くなってごめんな。俺はカイ。君たちが泊まるこの宿のオーナーをしてるんだ」
幼い顔立ちなのにどこか貫録が感じられる。エリーは慌てたように返事をした。
「エリーです。よろしくお願い致します!」
「よろしく。この間は、リートが世話になったみたいだな」
「いえ、そんな」
「俺からも礼を言うよ。どうもありがとう」
爽やかな笑みを向けられ、エリーも笑顔を返した。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
「……カイ、何故貴様が礼を言うんだ」
「当然だろ?」
リートが口を挟むと、カイは呆れたようにリートに目を向ける。リートは表情を変えず、しかしどこか不服そうに腕を組んでいる。
「カイ様、そろそろお部屋へ……」
今度はシャールが穏やかな口調で口を挟む。カイはシャールを見て、苦笑した。
「すまんすまん。じゃあ部屋に案内するよ」
改めて扉を開けるカイ。その様子を見て、リートが再び口を挟んだ。
「私はもう行く。お前たちはゆっくりしていくといい」
「お前も中でお茶でも飲んでいけばいいだろ」
「明日は祭りだ。のんびりしている程の暇はないだろう」
二人のやり取りに、エリーはこっそりアンナの裾を引っ張る。
「んー? どうしたの」
「カイさんとリートさんって、もしかして恋人同士ですか?」
「やっぱりそう見える?」
「そう見えるってことは、違うんですか?」
「そうね。残念ながら」
肩をすくめて、アンナはエリーの耳元で小さく「カイくんの片思いよ」と言った。その言葉にエリーは嬉しそうに目を輝かせる。そういう類の話は好きだ。リヒトはエリーの様子を見て呆れた表情をしている。
「じゃあ、私はそろそろ行く。あとは頼んだぞ、シャール」
「ええ、姉さま。お任せください」
その言葉にエリーは再び不思議そうな表情をする。近くにいたサラがそんなエリーに目を向けた。
「……シャールは、この宿で働いているの」
「あぁ、そういうことだったんですね」
教えてくれたサラにお礼を言うと、美しい笑みを向けられた。
挨拶を交わし、リートが去っていく。その後ろ姿をエリーが見送っていると、ダニエルに荷物を預けるウィリアムの姿が目に入った。
「俺も行く」
「はいはい。荷物は部屋に置いておくよ」
その光景を見て、エリーは思わず声を掛ける。
「どちらへ行かれるんですか?」
「ちょっと街の方にな」
「……あの」
すぐにでも行ってしまいそうな雰囲気のウィリアムにエリーは不安そうな目をして引きとめる。リヒトは不思議そうにそんなエリーを見下ろしている。一緒に行きたい。しかしわざわざ別行動をしようとしているウィリアムは一人で行動をしたいのかも知れない。エリーは言葉を続けることができなかった。
「……一緒に来るか」
その言葉に顔を上げる。ウィリアムがどこか柔らかい表情でエリーを見つめている。エリーは笑顔で頷いた。
「行きたいです!」
「あら、フローライト家は協調性がないわね」
アンナが呆れたようにそう言い、エリーに手を差し出す。
「あんたの荷物も預かっておくわ」
「ありがとうございます、アンナさん」
荷物を預け、一足早く宿を去るウィリアムの背中を急いで追いかける。いつもと違う場所で、いつもと違う様子のウィリアムと、いつものように並んで歩く。エリーは頬を緩ませながら、隣のウィリアムを見上げる。ウィリアムもどこか楽しそうに目を細めている。
「まずはどこへ参りますか?」
「そうだな……まずは街を一周したい。祭りの準備中とはいえ、神秘的な雰囲気は変わらないはずだ。店も品揃えが他の街と違って、自然で溢れた風情だ。しかしやはり祭りの準備中だからな。入ることができるかどうかはわからないが、雰囲気だけ感じられたら十分だろう。その後は街を囲む森の奥の方へ行ってみようと思っている。様々な動物がそこに住んでいてな……」
饒舌なウィリアムを見て、エリーは目を白黒させる。そしてハッと気が付いた。
「ウィリアムさんは、この都の雰囲気がお好きなんですね」
その言葉に一瞬固まり、ウィリアムはごほん、と咳をする。そして気を取り直すかのように口を開いた。
「……いや、小説の資料にと、思って、な」
「ふふ」
「……笑うな」
エリーの指摘に顔をほのかに赤くさせるウィリアムを見て、エリーは更にくすくすと笑った。
そしてそのまま、夜まで大地の都を見て回った。祭りの準備中だったため立ち入れない場所もあったが、いつもより喋るウィリアムとの散歩はエリーの心を温かくさせた。