第四十三話「別れ」

文字数 1,966文字



その日もエリーはどこかぼーっとしていた。自分が誰なのかは知りたいと思うが、知るのが恐い。何が恐いのかという明確な理由はないが、ティーナの話を聞いて自分のことを知った時、全てが変わってしまう気がするのだ。幸い、ウィリアムはいつでもいいと言ってくれている。エリーはその言葉に甘え、淡々と家事をこなしながら考えをまとめることにした。

家事を一通りこなし、エリーはふとリヒトがいないことに気が付いた。いつもこれでもかというくらいエリーと共にいるリヒト。何故かその姿をまだ見ていなかった。まだ眠っているだろうか。エリーは部屋に戻り、リヒトを探すことにした。部屋に戻り、エリーはまずベッドの上を見る。いつもなら、枕元で寝ころんでいるはずだ。しかしそこにリヒトの姿はなかった。なんとなく嫌な感じだ。

エリーは心配になり、部屋の隅から隅まで探すことにした。リヒトは小さいため、ちょっとした隙間でも入り込むことができる。そんな場所に入る理由はわからないが、エリーはとりあえずリヒトの捜索をする。部屋の中にはいなかった。エリーはどこか緊張したような、強張った顔で部屋を出る。部屋にいないのなら、他の場所を探すほかない。キッチンやリビング、そしてダイニング。さすがにウィリアムの書斎には入ることができないが、エリーは必死で家の中を探した。


リヒトはいなかった。


エリーは再び部屋に戻る。もしかしたら、戻っているかも知れない。そんなことを思いながら部屋の扉を開けるが、リヒトの姿はなかった。そもそも、小さいとはいえ、妖精の習性なのか、リヒトは常にキラキラと輝いている。探すのがこんなに難しいはずはないのだ。

そんなことを思いながら、エリーは窓の傍に寄る。もしかしたら、街の方へ出たかも知れない。泉へ行ったのかも知れない。そう思ったら、外から何か、パサッと音がした。何かが草の上に落ちたような、そんな音だ。エリーは不思議に思い、窓を開け、外を覗き込む。すると、窓のすぐ下にリヒトがいた。間違いない。あの輝きはリヒトだ。エリーは慌てて外へ出た。窓の下へ向かうと、そこにはリヒトの倒れている姿。

「リヒト!」

声を荒げ、エリーはリヒトに駆け寄る。リヒトは苦しそうに顔を歪ませ、汗をかいていた。エリーは困惑したようにその様子を見る。妖精も具合が悪くなることがあるなんて、思ってもいなかったのだ。リヒトの輝きが、苦しそうな呼吸と共に強くなったり弱くなったりする。リヒト自身の姿も、消えてしまいそうなくらいに透明感が増している。エリーは不安に駆られ、リヒトを慎重に抱え、街の方へ駈け出した。泉だ。泉へ行けば、きっと。

自分の事ばかり考え、リヒトのことを全く気にしていなかった。いつから様子がおかしかったのか。そういえば、最近は姿をあまり見ていなかった気がする。今のエリーの胸の中には、後悔という想いしかなかった。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。どうして自分のことばかり考えていたのだろう。

泉に辿り着くと、そこにはいつものように妖精たちが集っていた。走ってきたエリーの姿に、どこか驚いたような表情を見せている。そしてエリーの手の中で苦しそうにしているリヒトの姿を見つけ、すぐさま飛んできた。


「お願い……リヒトを助けて」

震えた声を出す。いつもなら少し距離を置いて見守るだけだったため、リヒト以外の妖精とこうして話をするのは初めてだ。エリーは必死だった。妖精たちはリヒトをエリーから受け取り、そしてお互いの顔を見合わせる。その様子をエリーは縋るように見つめる。エリーは妖精を助ける方法なんで知らない。他に手段がないのだ。妖精たちは深刻そうに、そしてどこか辛そうに顔を歪め、エリーから目を逸らす。

「助けられるよね……?」

少し掠れた声は、妖精たちに届いただろうか。妖精たちはエリーを見て、そして首を横に振った。その様子に、エリーは絶望したように目を見開く。リヒトは変わらず苦しそうに、妖精の手の中でうずくまっている。妖精たちはそのまま木々の奥の方へ向かう。

「待って……お願い……」

エリーはふらふらと追いかける。しかし妖精たちの姿は、だんだんと透明になっていく。

「……リヒトを……助けてよ……」

妖精たちの姿が見えなくなる。エリーは力が抜けたように座り込み、そして苦しそうに胸を押さえる。鼻の奥が痛み、目頭が熱くなる。そして想いを全て外に出すかのように、エリーの目から大粒の涙が流れ出した。

「っ……やだ……行か……ないで……」

涙がぽたぽたと服に染みていく。呼吸が乱れる。エリーは弱々しく呟いた。

「置いてかないで……」

そんなエリーの様子を見守るかのように、木々の間に風が通り抜けた音がした。

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