第五十話「はじまり」
文字数 1,954文字
ティーナに気持ちを伝えると、再び彼女は涙した。
「ありがとうございます……レイラ様」
何度も涙を流させてしまって、エリーはどこか申し訳なく思う。
そしてその日は帝都の屋敷に泊まっていくことになった。ウィリアムも一緒だ。懐かしさを感じながら、エリーは自分の部屋で眠る。なんだか不思議な感覚。
朝になって、目を覚ました。温かい日差しが部屋を満たしている。気持ちよく眠れたエリーは、ダイニングへと向かう。そこには、座るウィリアムの姿と、朝食の用意をするティーナがいた。ウィリアムは気持ちよく眠れただろうか。そんなことを思いながら、三人で朝食をとる。
「あの、ウィリアムさん」
「……何だ」
「帰りは、船でもよろしいでしょうか」
エリーの言葉に、ウィリアムは心配そうな顔をする。
「大丈夫なのか」
「ご無理はなさらない方がいいですよ」
ティーナもまた、心底心配そうな表情でエリーを見つめている。そんな二人に、エリーは笑いかけた。
「大丈夫です。記憶も戻っているので、体調を崩すことはないと思うんです。……それに」
エリーは首に掛けた指輪をぎゅっと握る。
「両親とロイの見た最期の景色を、もう一度、見てみたいんです」
切なそうに言うエリーに、ウィリアムは「わかった」と頷いた。ティーナはまだ心配そうな顔だが、仕方なさそうに頷いた。
港に到着し、エリーとウィリアムは船を待つ。潮の香りがふわりと漂う。事故の時のことを思い出し、エリーはぎゅっと首元の指輪を握りしめる。船がやってくると、エリーはその景色に驚いた顔をした。皆が、船に乗っているのだ。
「エリー!」
「迎えに来たぞー」
アンナとシェルが身を乗り出しながら叫ぶ。船が泊まり、ぞろぞろと港に下りてくる。エリーはぽかんとそれを見ている。ウィリアムはどこか呆れたような顔だ。
「よっ、エリー」
にかっと笑うのは、茜色の髪をした猫のような目のシェル。
「……おかえり」
美しく微笑むのは、緋色の長い髪のサラ。
「遅かったじゃない」
腕を組んで言うのは、淡黄の長い髪を二つに結ぶリザ。
「こいつ、すげえ心配してたんだぜ?」
苦笑するのは、紫苑色の短い髪をしたテオ。
「待っていたぞ、エリー」
無表情で言うのは、白菫色のふわふわの髪をしたリート。
「お待たせしました、エリーさん」
穏やかに笑うのは、月白のふわふわの髪をしたシャール。
「ここが君の故郷なんだな」
爽やかに言うのは、涅色の髪をした小柄なカイ。
「今日は私達がついてるわよ」
海からウインクするのは、黒紅色の髪のビアンカ。その後ろには、人魚たち。
「帰ろうか、エリーちゃん」
たれ目を細めて言うのは、千草色の髪の優しいダニエル。
「……エリー」
ぎゅっと抱きしめてきたのは、群青色の瞳をした、短い髪のアンナ。
「大丈夫?」
「はい! ……全部、思い出しました」
微笑んで言うと、アンナはどこか切なそうな表情で微笑みを返す。
「そっか。よかったわね」
その言葉に頷く。そして全員で船に乗り込んだ。
甲板に出て、エリーは海を眺めていた。キラキラと輝く海は、なんだか眩しく感じる。船の上では、賑やかな声が響いている。エリーはその声の心地良さに目を細めた。
「エリー」
綺麗な声で呼ばれ、エリーは振り返る。サラだ。その手には、ガラスでできた小物入れのような箱。しかしあちこちに不自然に穴が開いている。不思議そうにしていると、それに気が付いたのか、サラはその箱を優しく撫でた。
「……呼吸ができないと、困ると思って」
「呼吸?」
謎は深まるばかり。エリーが首をかしげると、サラはその箱をエリーに差し出してきた。それを受け取り、エリーは箱を見つめる。どこか、光っているような気がする。エリーは箱を開けてみることにした。
「わっ」
箱を開けると、そこから勢いよく何かが飛び出してきた。驚くエリー。しかしその姿を捉えると、エリーの目には驚きと涙が浮かんだ。
――リヒトだ。
「リ……リヒト……」
震える声で呼ぶエリー。リヒトはぐるぐると回り、そして腰に手を当てて胸を張る。こんなに心配させておいて、非常に偉そうだ。
「リヒト……!」
そんなリヒトをぎゅっと抱きしめる。その勢いに、リヒトは目を回す。サラは美しく微笑んで、二人を見ていた。
「あら、エリー」
アンナが声を掛けてきて、エリーとリヒトは同時に振り向く。
「その子、お祭りの時にあんたに懐いてた子じゃない」
「……見えるんですか?」
驚いたような顔のエリー。アンナは不思議そうに頷く。エリーとリヒトは顔を見合わせ、そして笑い合った。