第二十一話「降り注ぐ光」
文字数 2,101文字
丸くて温かいパンに、ハムや卵に新鮮なサラダ。傍に置かれたカフェオレは、熱いためまだ飲めない。エリー達は宿の一階で朝食を前に話をしていた。
「エリー、お祭りはどうだった?」
「とっても楽しかったです!」
隣に座るアンナの問いに笑顔で答える。リヒトはエリーの皿の上に置かれたパンをこっそり頬張っている。
「それはよかった。また来るといい」
リートが相変わらずの無表情で言いながら、優雅な仕草でサラダを食べている。その隣のシャールはリートの皿にパンを追加しており、シェルは眠そうな目をしながらも手と口だけが忙しなく動いている。
「これ追加ねー」
カイが楽しそうに食べ物を次々と追加していく。サラはゆっくりと無言で朝食を味わっていて、ダニエルは微笑みながら皆の様子を見守っている。アンナと反対の隣に視線を移す。視線に気が付いたウィリアムが、かすかに目を細めてエリーを見つめた。
「……美味いか」
「はい、すごく美味しいです」
少しはにかみながらエリーが答える。昨日の森のお茶会で、エリーはウィリアムと踊っている。そのため、顔を合わせるのがどこか照れくさい。
朝食を済ませ、エリーはリヒトと共に街をぶらぶらと歩いていた。もう少ししたら、この緑豊かな街を出発しなくてはならない。ウィリアムが朝から名残惜しそうにしていたのを思い出して、思わずくすっと笑ってしまう。
森のお茶会の時にはたくさんいた動物たちの姿が見えない。祭りの時だけだと聞いていたが、どうやら本当のようだ。レームには人形と小人がたくさん住んでいる。祭りの終わった今となると、その姿を多く目にしていた。リートやシャールのような美しい人形たちが街をのんびりと歩いていて、カイのような小人は小さな見た目にそぐわず、やはりどこか貫録のある雰囲気で祭りの片づけをしている。その風景を心に刻みながら歩いていると、後ろから誰かに呼ばれた声がした。
「エリー」
その凛とした美しい声はエリーの好きな声だ。エリーとリヒトが同時に振り返る。
「リートさん」
「先程ぶりだな」
「そうですね」
「確かもうすぐ出発だったな」
「はい……少し寂しいですが」
少し眉を下げながら笑うと、リートもまた少し肩を落としたような気がした。
「祭りの後はいつも寂しくなるな」
「本当ですね」
「お前と出会えて本当によかった」
「そんな、こちらこそですよ」
リートの言葉にエリーは頬を緩める。そう言ってもらえるのはすごく嬉しい。
「親愛の印……という訳ではないが、これを受け取ってくれないか」
そう言ってリートはそっとエリーに贈り物を渡した。それは、草花が綺麗に施された栞だった。エリーとリヒトの目がキラキラと輝く。
「栞……」
「ああ。ウィリアムは確か作家だったろう。ダニエルも確か図書館にいたな」
「おっしゃる通りです」
「だから、本を読む機会も多いと思ってな」
その美しい栞を見つめながら、エリーはリートに尋ねる。
「もしかして、作ってくださったんですか?」
「ああ。気に入らなかったら申し訳ないが」
「気に入らないなんてことありません! とっても素敵です」
そう言ってエリーは栞を大切そうに胸に抱いた。
「……ありがとうございます。大切にさせていただきますね」
その言葉にリートはふっと口角を上げた。
二人で宿に戻ると、既にそこには全員が集合していた。
「お待たせしてしまって申し訳ありません」
「いいのよ、気にしないで」
アンナが楽しそうに笑って、エリーに荷物を渡す。その荷物を抱えて、エリーは改めてリートに向き直る。ここでお別れだ。
「リートさん、ありがとうございました」
「こちらこそ。気が向いたらまた来てくれ」
「はい、ぜひ!」
全員がお互いに挨拶を交わす。シャールとカイもまた、エリーの傍にやってきた。
「エリーさん、レームはいかがでしたか?」
「とても素敵な街でした!」
「はは、即答だな」
「お祭りも楽しかったです。どうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
「ありがとな」
全員の挨拶が一段落つくと、ウィリアムはエリーに近付く。少し残念そうにしているのは、やはりこの大地の都が好きだからだろうか。
「そろそろ出発ですか?」
「……ああ」
そうして全員で木々の間の道を歩き始める。後ろを振り返ると、リートとシャール、そしてカイが見送ってくれている。手を振ると、三人もまた手を振り返してくれる。ウィリアムは相当都の雰囲気が好きなようで、帰り道の風景も熱心な表情で見回している。
「……楽しかったな」
ぼそっと呟くと、前を飛ぶリヒトが大きく頷きながらエリーを向く。
「エリー」
突然肩を組まれ、まるで歌のように名前を呼ばれる。シェルだ。
「帰り道もお前の好きそうな景色だらけだからな、見逃すなよ」
「はいっ」
そう言って前を向くと、楽しそうな皆の笑顔。そして木々の隙間から差し込む光が、エリー達の進む道を照らしてくれていた。