第三十二話「船」
文字数 1,422文字
水の都、トレーネから風の都へ帰ることに。行く時は列車だったが、帰りは船でも乗ろうという話になった。
「列車でも船でも、水の都の外観の美しさは変わらないからね」
そう言ってダニエルは微笑む。エリーもまた、船からの景色を見てみたいと思った。
「私たちは列車でしか帰れませんので」
「船を泊める場所がないからな」
「またな!」
そう言ってリートとシャール、そしてカイも去っていく。
「また来てね。エリー」
「はい。ありがとうございました、ビアンカさん」
「ええ。あんたは人魚じゃなかったけど、もうあたし達の仲間みたいなもんだから」
そう言ってビアンカが艶やかに微笑む。エリーは嬉しそうな笑みを返した。
「ありがとうございます。また来ます!」
そう言って、エリーは荷物を持って船に乗り込む。ウィリアム達も船に乗る。船から見える景色は、一体どのようなものなのだろう。まだ出発までに時間がある。エリーは胸を高鳴らせながら、甲板から海の奥を見た。
すると、突然。
頭痛が走り、エリーは頭を押さえる。じわじわと吐き気も催してきた。立っていられなくなり、エリーは崩れ落ちるように座り込む。リヒトが驚いたようにエリーの傍を飛んでいる。
「おい、エリー!」
エリーの様子に気が付いたシェルが駆け寄る。ウィリアム達もまた駆け寄ってきた。そんな姿を見ながら、エリーは意識を手放した。全員が困惑したような表情で顔を見合わせた。
「ん……」
目を覚ますと、そこは列車の中だった。
「起きたか」
「……ウィリアム、さん」
寝ているエリーの前の席にウィリアムは座っていた。ダニエルやサラ、シェルの姿は見当たらない。
「……あいつらは別の席だ」
エリーの視線に気づいたように、ウィリアムは補足する。
「あの、私……」
「倒れたんだ。船の上で」
「そう、なんですね。ごめんなさい」
「お前は悪くない」
「でも、皆さん船で帰るの楽しみにしていたんじゃ」
「それは違う」
「……?」
「皆、お前の喜ぶ顔が見たくて船を選んだんだ。だから、何も問題はない」
そう言ってウィリアムは心配そうに眉を顰める。
「……具合は、どうだ」
「……大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
そう言ってエリーはゆっくり起き上がる。窓際でリヒトが心配そうにエリーを見つめている。
「私、どうしたんでしょう」
不安そうにエリーが眉を下げる。ウィリアムは真剣な顔でエリーを見つめる。
「……記憶が、関係あるのかも知れないな」
「記憶……」
「海辺に倒れていたんだ。船に関係があってもおかしくはない」
「でも私、何も思い出してないです」
そう言って俯く。そんなエリーの頭を、ウィリアムが優しく撫でた。
「大丈夫だ」
エリーは首元の指輪に手を添える。
「でも、もし、船に乗ることで何か思い出せるなら」
「ダメだ」
エリーの言葉を遮るウィリアム。エリーは不安そうにウィリアムを見つめる。
「どうしてですか……?」
「気を失うまでして思い出す記憶に何の価値があるんだ」
「そんな……」
エリーの顔が歪み、ウィリアムはエリーから視線を逸らした。
「……すまない。とにかく、無理はするな」
寝てろ、と言ってウィリアムは窓の外に視線を移した。エリーもまた窓の外に視線を移す。流れる景色を見守る空は、曇っていた。