第三十九話「時と筆」

文字数 1,093文字


明日はいよいよ祭りの日。楽しみにしながら、エリーは目を覚まし、身支度を済ませ、朝食を用意する。毎朝の流れだ。そしていつものようにウィリアムの部屋に声を掛けに行く。

しかし、部屋にウィリアムの姿はなかった。不思議に思いながら家の中を探すが、ウィリアムはどこにもいない。彼が朝からどこかへ行くことは滅多にない。エリーは心配に思い、迷いがないような様子で家を出ていった。


向かった先は海。ウィリアムがどこかへ行ってしまっているとしたら、間違いなく海だとエリーは確信していた。そしてその考えは当たっていた。ウィリアムは海辺に座り、海を眺めていた。

「……ウィリアムさん」

後ろから声を掛ける。ウィリアムは振り向かずに「ああ」と返事をした。

「どうかなさったんですか?」

「……筆が、進まなくてな」

「そう、ですか」

二人で海辺に座り、黙って海を眺める。潮の香りが届いてくる。柔らかい風が時折二人を包んでいた。


「あの、ウィリアムさん」

「なんだ」

「明日、お祭りですね」

「そうだな」

返事の様子だと、特にいつもと変わったところはないようだ。エリーは話を続けた。

「私、とっても楽しみにしているんです。自分の住んでいる街がどんなふうに変わるのか、皆さんがどんな表情で楽しんでくれるのか。妖精も来てくださるんですよね。リザさんとテオさんもお店を出すそうですよ。時計屋のおじさんやお菓子屋さんも屋台をされるようです。明日はお腹を空かせて臨まないといけませんね」

楽しそうに話していたエリーは、ふと不安そうな顔をする。筆が進まないとは言っていたが、ウィリアムが突然朝から海へ行くということは。頭の中に浮かんだ考えを、そのまま口にする。

「あ、もしかしてウィリアムさん締切とか迫っていますか? 明日はお祭りに参加できないとか……」

「いや、行くつもりだ」

「本当ですか? よかった」

心の底から嬉しそうに笑うエリー。そんなエリーを、ウィリアムはじっと眺めた。そのことに気が付き、エリーは困ったように眉を下げる。


「え、あ、ど、どうされました? 私、喋り過ぎてしまいましたか……?」

そんなエリーの言葉に、ウィリアムは首を横に振る。そして、柔らかい表情でふっと息を吐いた。


「……お前を見ていたら、なんだって書けそうな気がしてくるな」

「え?」

「そろそろ帰るか。朝食、作ってくれたんだろう」

「は、はい……」

「今日は一緒に食べるか」

「はいっ!」

嬉しそうに笑みを浮かべるエリー。ウィリアムもまた、穏やかな顔つきで共に歩き出した。

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