第四十一話「少女の正体」

文字数 2,747文字


「レイラ様っ!」

叫ぶように声を上げて、知らない女性は勢いよくエリーに近寄り、抱きしめた。皆が驚いたように、そして困惑したようにそれを見ている。

声を出すこともできず、放心状態になってしまっているエリー。女性の温もりに、何故か涙が出そうになる。誰も声を出さず、時だけが過ぎていく。

ウィリアムがそっとエリーと女性の間に入り、二人を離した。

「……すみませんが、あなたは」

「……あ、し、失礼しました。私、帝都でレイラ・ロードナイト様の家の使用人をしております。ティーナといいます。ロードナイト家の家事や世話はもちろん、家の管理なども担当させていただいております」

そう言ってお辞儀をする。顔を上げたティーナの目には今にも零れそうに涙が溜まっている。皆が余計に困惑したように顔を見合わせる。そんな反応に、ティーナもまた困惑したように視線を巡らせた。

「……私たち、宿なので先に帰らせていただきますね。本日はありがとうございました」

シャールが微笑んで言うと、カイもそれに合わせて頷いた。リートも共に立ち去っていく。気を遣ってくれたのだろう。

「お、オレらもちょっと時間潰してこよっか、な」

シェルがたどたどしくそう言い、サラも頷く。二人が立ち去り、残されたのはアンナとダニエル。ウィリアムとエリー。そしてティーナだけとなった。

「……ねぇ、レイラってもしかして、この子のこと?」

「え?」

アンナが言うと、ティーナは驚いたような顔をする。

「もちろんです。私が、私がレイラ様を見間違うはずありませんっ」

そう言って縋るようにエリーを見る。エリーはいまだ放心状態から抜け出せていない。その様子を見て、ウィリアムが一歩前へ出る。


「……日を改めて話をしませんか」

ウィリアムの言葉に、ティーナが困ったような顔をする。

「貴方も興奮していらっしゃるようですし、彼女も、少し落ち着く時間が必要です」

そう言ってウィリアムはアンナとダニエルの方を向く。

「……エリーを連れて先に帰っていてくれ」

頷くアンナとダニエル。その場を離れようとすると、エリーは我に返ったようにウィリアムの服を掴んだ。無意識の行動なのか、混乱している上での行動なのか。ウィリアムはエリーを落ち着かせるように視線を合わせる。

「……大丈夫だ」

そして、柔らかい表情でエリーの頭を撫でた。エリーは泣きそうな顔から少し安心したような顔をして。――意識を手放した。


突然倒れたエリーをウィリアムが抱きとめる。

「エリー!」

アンナが驚いたように駆け寄り、エリーを心配そうに見つめる。ティーナが困惑したような表情で、アンナとエリーの顔を交互に見つめた。

「エリー……?」

「あ、いえ……」

アンナが困った顔で珍しく言葉に詰まる。ダニエルがいつものように微笑み、そして提案をした。

「よろしければ、一緒に来ていただけませんか? お互い、色々とお話をする必要があるようですし」

そう言ってウィリアムを見る。

「いいよね、ウィル」

「……ああ」

ウィリアムやダニエルの視線に、ティーナはゆっくり頷いた。リヒトはおろおろとエリーの周りを飛び回っていた。





「どうぞ」

「……ありがとうございます」

アンナがテーブルにカフェオレを置き、そして自分も椅子に座る。座っているのは、アンナとウィリアム、ダニエル。そしてティーナだ。エリーは部屋で眠っている。

「……まず、こちらから話をさせていただきます」

ウィリアムが話を始める。いつもならアンナやダニエルに任せるような場面なため、二人は意外そうな顔をしてウィリアムを見ている。ティーナは真っ直ぐに話を聞こうと真剣な顔をしている。

「彼女が家に来てから、もうすぐ一年になろうとしています。私が海辺で倒れている彼女の姿を見つけ、保護しました」

「……そうだったんですか」

ティーナが涙ぐみ、深くお辞儀をする。

「ありがとうございます……」

その続きのように、今度はアンナが口を開いた。

「ウィルが女の子を保護したって連絡してきたから、私がここに来て彼女を着替えさせたり最初に話をしたの。いきなりこんな無愛想な男が出てきても怖がらせちゃうと思ったし、本人も多分そう思ったから連絡してきたと思う」

「……無愛想で悪かったな」

「実際そうじゃない」

「……」

「まぁまぁ二人とも」

ダニエルが穏やかな笑顔で二人を宥める。そして真剣な顔になって、二人を見る。

「ここからが、大事なところでしょ?」

「……ああ」

「……そうね」

「……? なんですか?」

ティーナが怯えたような顔で三人を見る。ウィリアムが少し考えるように間を置き、再び口を開いた。


「……彼女には、記憶がありません」

「そんな……!」

ティーナがアンナやダニエルにも視線を向ける。しかし二人は俯いてしまっていて、ウィリアムだけが真っ直ぐにティーナを見ていた。

「最初にアンナが名前を聞きました。しかし彼女は答えることができなかった」

「海辺に倒れていた理由も覚えていなかったみたいで、私たちも知らないわ。だから何か思い出すまでここに住めばいいって言ったの」

「……レイラ様……」

ティーナが堪えきれないかのように涙を零した。

「あの子、レイラっていうのね」

アンナが切なそうに笑う。ティーナは涙を流しながら、頷いた。

「こちらでは、エリーと呼ばれていたんですね……」

「ごめんなさい。勝手に名前を付けてしまって」

「いえ……記憶がないのでしたら、仕方ないことです」

自分を落ち着けるように、ティーナはカフェオレを飲む。喉に上手く流れていかない気がして、ティーナは辛そうに顔を歪める。

「……わかりました。次は、私から話をさせていただきますね」





涼しい風を頬に感じ、重たい瞼を上げる。ぼやけた視界で見つめた先にあったのは白い縁の窓。薄い水色のカーテンがほのかになびいていた。ゆったりと起き上がり、蜂蜜色の瞳で周りを見渡す。意識がだんだんはっきりしてくる。大きな本棚に、シンプルな机。そして、今横になっているベッド。

目を覚ましたエリーは冷静に部屋を見ていた。まるで初めて来た時のように、知らない部屋にいるような感覚だ。ティーナと名乗った彼女はきっと自分の事を知っているのだろう。しかし自分は全く彼女の事を思い出していない。そんなことをぼんやりと考え、周りを見渡す。リヒトはどこに行ったのだろう。姿が見えない。エリーはまるで自分が空っぽになってしまった気がした。

一筋の涙が頬を伝った。

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