黒い球

文字数 2,540文字

 ユーグが教会を訪れた二日後、その家には黒い封筒が届けられていた。黒い封筒に気付いたユーグと言えば、その中を確認すると家を出る。ユーグは、指定された場所へ向かうと、部屋に置かれた椅子に座った。ユーグが座る椅子の前にはテーブルが在り、その上には黒い布の掛けられた書類が在る。
 椅子に座るユーグと言えば、机上に置かれたものを見るなり溜め息を吐き、目を細めた。
 
「だから、俺の調査結果を見て、溜め息吐かないでってば」
 すると、ユーグの背後からはシュバルツの声が響き、その声を聞いた者は思わず後方に顔を向けた。ユーグが顔を向けた先には、ふてくされた様な表情を浮かべる青年の姿があり、それを見た者は再度溜め息を吐く。
 
「説明長いの、疲れるし」
 ユーグの台詞は聞いた者は苦笑し、書類に掛けられた布を摘み上げる。そして、黒い布を綺麗に畳むと、それを静かにテーブルの端に置いた。
「酷いなあ、ユーグは。これを調べる方がずっと疲れるのに」
 シュバルツは、そう言うとユーグの対面に置かれた椅子へ腰を下ろした。そして、楽しそうな笑みを浮かべると、ユーグの目をじっと見つめる。
 
「じゃ、始めようか」
 青年は、そう話すと書類を捲り、説明を始めた。一方、ユーグは黙って説明を聞いており、時折思い出したように頷いている。シュバルツの説明は短く無かったが、それでもユーグは飽きることなく話を聞いていた。しかし、その表情には変化が有り、感情の高ぶりのせいか脈は速くなっている。
 
「で、行けそう? 今回は、二人を相手にしなきゃならないけど」
 そう問うと、青年はユーグの目を真っ直ぐに見つめる。一方、問い掛けられた者はゆっくり頷き、シュバルツの目を見つめ返した。
「やる」
 ユーグは、そう言うと机上の書類を一瞥する。すると、その仕草を見たシュバルツは上着のポケットから小袋を取り出し、それをテーブルの上に置いた。
 
「じゃ、渡しておこうか。これが無いと、色々不便だろうし」
 青年の話を聞いた者は黒い袋を掴み、シュバルツは自らの内ポケットに手を伸ばした。
「それと、これ」
 シュバルツは、そう言いながら黒い球体を取り出しテーブルに置く。その球体は青年の手に収まる程度の大きさで、光沢は無かった。青年は、黒い球体を転がらぬよう指先で支え、ユーグはそれを不思議そうに眺めている。
 
「これ、まだ実験段階らしいんけど……良かったら試してみて、だって」
 シュバルツは、そこまで話したところで球体をユーグへ向けて転がした。一方、近付いてくる珠を見たユーグはそれを掴み、怪訝そうな表情を浮かべて青年の顔を見つめる。
「試して、って……意味、分かんないし」
 ユーグの台詞を聞いたシュバルツは苦笑し、それから何度か小刻みに頷いた。
 
「ごめん、ごめん。そうだよね、説明も無しに使えないよね」
 青年は、そう言うと黒い球体を指差し、真剣な表情を浮かべる。
「じゃ、使い方とか説明するから、良く聞いてね?」
 青年の話を聞いた者は頷き、ユーグの仕草を見た者は笑顔を浮かべる。
 
「それね、強い衝撃を与えると薬品が飛散して、子供は寝ちゃうの。でも、大人は体が麻痺するけど、意識はそれなりに有るんだって」
 青年は、そこまで話したところで腕を組み、椅子に深く座り直した。
 
「ま、薬品を吸い込んじゃう危険が高いのは難点だけど……お仕事を安全に遂行するには便利でしょ?」
 シュバルツは、そう話すと楽しそうな笑顔を浮かべる。一方、ユーグは呆れた様子で溜め息を吐き、黒い球体を見下ろした。
 
「何、それ。余計意味分かんないし」
 ユーグは、そう返すなり目線を横に逸らして頬を膨らませる。その仕草を見た青年と言えば苦笑いを浮かべ、気まずそうに弁解を始めた。
「いやー……実は、RaLaを受け取った時に頼まれてさ。使い心地を聞いてみてくれって」
 青年は、そう説明すると目線を泳がせ、落ち着かない様子で頭を掻く。
 
「ほら、薬品が飛散するって言っても、部屋の広さとか色々と条件が変わるじゃん? だから、あちらさんも実践した結果が欲しいんだって」
 シュバルツの話を聞いた者はわざとらしく溜め息を吐き、それから右の口角を下げた。
 
「何、それ。実験の手伝いしろってこと?」
 ユーグの問いを聞いた青年は小さく頷き、片目を瞑る。そして、黒い球体を指差すと、落ち着いた声で話し始めた。
 
「そういうこと。使った感想を教えてくれたら、お礼はするからさ……ね?」
 青年の台詞を聞いたユーグは目を細め、無言でシュバルツに返す言葉を探していた。しかし、直ぐには思い浮かばなかったのか、十分程したところで口を開く。
 
「分かった。お礼、ちゃんとしてよ」
 ユーグは、そう伝えると手に持った球体をじっと見つめた。そして、目線を上げて対面に居る者の顔を見つめると、気怠るそうに言葉を続ける。
 
「で、効果範囲、持続時間、は? 大体でも、良い」
 ユーグの質問を聞いた青年は目を丸くし、それからゆっくりと息を吸い込んだ。
「範囲は、ドーム状に大人の身長程度。でも、狭い廊下で使ったら当然変わる」
 青年の説明を聞いたユーグは頷き、その仕草を見た者は話を続ける。
 
「持続時間だけど……これは、個人差が有るらしくてさ。まあ、十数分は確実に効くらしいから、その間に終わるでしょ」
 シュバルツは、そう伝えると笑顔を作ってユーグを見つめた。黒髪の青年に見つめられた者と言えば、球体を自らの懐に仕舞い、シュバルツの目を見つめ返す。
 
「分かった。多分、使える」
 そう言うとユーグは首を傾け、口を開いた。
「で、話は、終わり?」
 ユーグの質問を受けた青年は無言で頷き、その仕草を見た者は立ち上がった。そして、眠たそうに欠伸をすると部屋を出、室内にはシュバルツだけが残される。
 
「さて、俺も出ましょうか」
 青年は、そう呟くと机上の書類を纏め、黒い布で包んだ。そして、それを自らの服の中へ隠すと、静かにユーグの去った方へと向かう。
 人の居なくなった部屋は音も無く冷たかった。また、薄暗いその場所は綺麗とも言えず、その状態が続けば廃屋と称されても不思議では無い。しかし、机や椅子には温もりが残っており、それだけがその部屋の存在を主張しているようでもあった。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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