向かう先にあるのは破滅か救いか

文字数 3,879文字

 青年が部屋を出た後、男性はソファーから立ち上がって自らの仕事机へ向かった。そして、その傍らに在る椅子に腰を下ろすと、眼前に在るドアをぼんやり眺める。
 シュバルツが部屋を出た頃、ユーグは礼拝堂で話をしていた。ユーグの話し相手は礼拝堂に居た神父で、天候のことなど他愛のない話を続けている。
 
 会話の間中、ユーグはつまらなそうに相槌を打っていた。神父もそんなユーグの様子に気付いていたが、話を止めようとはしなかった。その後、神父はシュバルツが礼拝堂に戻ったところで話を止め、黒髪の青年に目配せをする。
 神父の仕草を見たシュバルツは微笑し、静かにユーグの元に歩み寄った。そして、軽く腰を曲げてユーグの目を見つめ、微笑んだまま口を開く。
 
「おはよ、ユーグ」
 その一言を聞いたユーグは訝しそうな表情を浮かべ、シュバルツの目を見つめ返した。
「あれ? ご機嫌斜め?」
 青年の問いを聞いたユーグは目を逸らし、そのまま呟く様に声を発する。
 
「別に。ただ、意外だったから」
 そう返すと、ユーグはわざとらしい溜め息を吐いた。
「それより、僕報告行かなきゃ」
 そう言い残すとユーグは歩き始め、その背中をシュバルツらは見送った。ユーグが礼拝堂を去った後、青年と神父は目を合わせ、シュバルツは軽く笑ってみせる。
 
「ありがと。ユーグに聞かれたくない話も有ったから、助かったよ」
 そう言って、シュバルツは片目を瞑った。一方、神父は笑顔を浮かべて頷き、それを見た者は小さく息を吐き出す。
「じゃ、俺は他にも仕事があるからこれで」
 そう伝えると、シュバルツは神父に背を向けて歩き始めた。その後、青年は足早に礼拝堂を出、礼拝堂に残された者は疲れた様子で息を吐く。
 
 シュバルツが屋外に出た時、ユーグは目的とする部屋に到着していた。ユーグの眼前には、先程までシュバルツと話していた男性の姿が在り、その男性は椅子に座ったまま訪問者の顔を見つめている。
「ソファーへどうぞ、ユーグ」
 男性は、そう言うと微笑み、ソファーの方へ向けて右腕を伸ばす。そして、自らも立ち上がると、ゆっくりソファーの方へ向かって行った。
 
 数拍の後、二人は向かい合う形でソファーに腰を下ろし、ユーグは呼吸を整えてから口を開いた。
「ちゃんと、仕事してきた。もう、戻っても良い?」
 ユーグの問いを聞いた者は顎に手を当て、無言で眼前に居る者の顔を見つめる。
 
「それは、ユーグの報告を聞いてから判断します。ディックとシュバルツからの報告は、既に受けておりますし」
 そう言って、男性は笑顔を浮かべた。対するユーグは不機嫌そうに目を細め、それから男性の言う通りに報告を始める。
「掘って、埋めた。それ以外、報告、すること、無い」
 そう返すと、ユーグは気怠るそうに息を吐き出した。そして、男性の顔を見つめ返すと、自らの話に対する答えを静かに待つ。
 
「そうですか……分かりました。次の仕事は、追って連絡致しますね」
 そう言うと、男性は立ち上がって部屋の出入り口へ向けて腕を伸ばした。その仕草を見た者は訝しそうに男性の顔を見上げ、それから静かに部屋を出る。
 部屋を出たユーグはどこか納得のいかない様子で廊下を進み、礼拝堂を通って教会を出た。その後、ユーグは家へと戻り、疲れ切った様子でベッドに倒れ込む。

 ユーグが短い報告を終えた三日後、その家には黒い封筒が届けられた。黒い封筒に気付いた者は、それを手に取ると中を確認し、入っているカードに書かれた文字を黙読する。
 カードに書かれた内容を読んだ者は指示された場所へ向かい、その部屋に用意された椅子へ腰を下ろした。ユーグの対面には椅子に座る青年の姿があり、彼は書類の入れられた紙袋を胸に抱えている。青年は、対面に座る者の目を見つめると微笑み、右手で黒い紙袋を持ち上げた。
 
「おはよ、ユーグ。今回のお仕事は、リハビリテーション含めだけど良い?」
 シュバルツの問いを聞いた者は首を傾げ、それから疑問に思ったことを口にする。
「リハビ……リ? それって、どういうこと?」
 ユーグの一言を聞いたシュバルツは目を丸くし、それから小さく咳払いをする。
 
「リハビリテーション……つまりは、復帰するための訓練。今回の場合、何時もより簡単な仕事をやって貰って、その上で次の仕事を考えるって感じ」
 そう言って、青年は手に持った紙袋を前後に揺らした。対するユーグは無言で口先を尖らせ、その仕草を見たシュバルツは苦笑いを浮かべる。
 
「この前の失敗に、ブランク。危険度の低い仕事場に向かわせるのは、当然の処遇でしょ?」
 その台詞を聞いたユーグは目を伏せ、納得がいかないといった様子で溜め息を吐く。一方、そのようなユーグの態度を見た青年は首を振り、それから紙袋を胸に抱えた。
「別に、ユーグが嫌ならいいんだよ? でも、この簡単な仕事が出来なきゃ、他の仕事も任せられないから」
 そう返すと、青年は笑顔を作ってみせた。彼の話を聞いたユーグは唇を噛み、それから低い声で話し始める。
 
「分かった。やる」
 ユーグの返答を聞いた青年は、紙袋から書類を取り出して机上に置いた。そして、その書類を広げると、次の仕事についての説明を始める。
 ユーグは、説明の間中無言で話を聞いており、時折小さく頷いていた。また、シュバルツはユーグの様子を窺いながら話し続け、説明を終えたところで首を傾げる。
 
「で、やってくれる?」
 青年の質問を聞いた者はゆっくり頷き、どこか不機嫌そうに口を開いた。
「やる。どうせ、断れ無いし」
 そう返すと、ユーグは細く息を吐き出した。そして、青年の目を見つめると、無言でシュバルツの反応を待つ。
 
「了解。じゃ、子供の保護は任せたよ」
 そう言うなり、シュバルツは書類を纏め始めた。一方、青年の行動を見た者は立ち上がり、無言で部屋を出ようとする。
「そうそう……今回、堕者の確保は無いけど、気を抜かないでね」
 シュバルツは、そう言うとユーグの背中をじっと見つめた。彼の忠告を聞いたユーグは振り返ること無く肯定の返事をなし、青年が更なる言葉を発する前に部屋を出る。
 
「嫌われちゃった……かな?」
 そう呟くと、シュバルツは書類を袋に入れて立ち上がった。その後、青年は上着に袋を隠して部屋を出、そそくさと今まで居た場所から離れていく。
シュバルツと会った日の夜、ユーグは集合住宅の前に来ていた。時間が遅いせいか、部屋の明かりは殆ど点いておらず、共用部分の明かりだけが点々と灯っている。
 
 ユーグは、周囲の気配に注意しながら三階まで上がり、階段から一番遠いドアの前へ向かって行った。その後、ドアの前に立つユーグは膝を折り、その鍵穴をじっと見つめる。
 ドアの前でしゃがむユーグは、懐から革製の容れ物を取り出した。その容れ物は長方形をしており、複数の細長い金属が収納されている。ユーグは、その容れ物の中から一本の金属の棒を取り出すと、それを鍵穴へそっと差し込んだ。
 
 ユーグは、鍵穴を覗き込みながら細い金属の棒を小刻みに動かし、なるべく音を立てないように解錠をした。そして、ユーグは静かに立ち上がると、革製の容れ物に棒を戻す。
 鍵を開けたユーグは周囲を見回してから屋内に入り、緩慢な動きで玄関のドアを閉めた。この時、ユーグの眼前には真っ直ぐ続く廊下が在り、明かりが無いせいか酷く暗かった。
 
 ユーグは、その暗さに目を慣らしてから歩き始め、行き当りに在るドアの前で止まる。そのドアには数十枚の粘着テープが張られ、ドアと壁の隙間はきっちりと埋められていた。また、その手前には水の入れられたタンクが置かれ、ドアが簡単には開かないようにされている。
 その状況を見たユーグは舌打ちをし、左手で自らの胸を押さえた。ユーグは、暫く胸を押さえたまま呼吸を整え、それから両手でタンクを持ち上げて移動させる。
 
 その後、ユーグは深呼吸をしてから粘着テープを剥がし始め、全てを剥がし終えたところで大きく息を吸い込んだ。
「お願い」
 そう呟いてから、ユーグはドアを開けた。すると、そのドアの内側には幾本もの血の筋が在り、それに気付いたユーグは身を振るわせる。
 
 ユーグは、足音を立てないように部屋へ入り、その中の状況を確認した。すると、部屋は窓から差し込む光で廊下より明るく、その窓の傍で寝息を立てている子供の姿がある。
 睡眠中の子供を確認したユーグと言えば、そっと窓の方へ進んで行った。寝ている子供の呼吸は弱かったが、ユーグはそれに気を留めること無く少女を抱き上げる。
 
 抱き上げられた少女はうっすらと目を開くが、衰弱のせいか直ぐに目を閉じてしまった。一方、ユーグは足早に屋外へと向かい、周囲の気配に注意しながら藍色の車の傍に立つ。そして、その車内に少女を寝かせると、自らは歩いて自宅へ戻って行った。
 ユーグが家に近付いた頃、空は明るく気温はかなり高くなっていた。そのせいかユーグの表情には疲れが浮かび、歩き方も覚束ない。家に着いたユーグと言えば、直ぐに寝室へ向かい横になった。うつ伏せに寝るユーグは数回大きな呼吸をした後で眠りに落ち、そのまま日が暮れるまで目覚めることは無かった。
 目を覚ました後、ユーグはゆっくりリビングへ向かって行く。すると、台所にはアンナの姿が在り、彼女は白い色のスープを煮込んでいた。姉の姿を見た者は安心したようにリビングに在る椅子へ腰を下ろし、そこからアンナの横顔を見つめた。その後、料理を終えたアンナとユーグは食事を始め、二人の時間は静かに過ぎていった。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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