水色から朱色へ

文字数 3,141文字

 二人は教会の前で別れ、ユーグは礼拝堂の中へ入って行く。ユーグは、そこに居た神父に会釈をすると、首を傾げて口を開いた。
 
「この前の、あの子、元気?」
 ユーグの問いを聞いた者と言えば、困った様に顎に手を当て、低い声を漏らした。
「この、とか、あの、では、分かりかねますね。私の担当ではございませんし」
 返答を聞いたユーグは、気まずそうに目線を下に向ける。一方、その様子を見た神父は小さく息を吐き出し、言葉を続けた。
 
「午後、またおいで下さい。そうすれば、入れ替わっておりますから」
 神父の台詞を聞いた者は無言で頷き、溜め息を吐く。その後、ユーグは教会の外へ向かい、神父はその背中を黙って見つめていた。
 太陽が西に傾き始めた頃、ユーグは再度教会を訪れる。すると、そこには先程訪れた時とは異なる男性の姿が在った。ユーグは、その姿を認めるなり男性に近付いて行き、訪問者に気付いた神父は笑顔を浮かべる。
 
 程なくしてユーグが男性の目前まで来た時、神父は訪問者の目を見つめて口を開いた。
「今日は、ユーグ。話は聞いておりますよ」
 その言葉を聞いたユーグは挨拶を返し、神父は微笑みながら言葉を続けた。
「連絡が遅れてすみません。あの子の事、ですよね?」
 神父の話を聞いたユーグは小さく頷き、話し手の目をじっと見つめる。
 
「ん。マリーのこと。まだ、聞いて無かったから」
 ユーグは、そう伝えると気恥ずかしそうに頬を掻いた。一方、神父は微笑みながら相槌をうち、ユーグの疑問に答え始める。
「マリーちゃんは、引き取り手が決まりました。ですから、ユーグの仕事はお終いですよ」
 返答を聞いたユーグは目を丸くし、無言のまま神父を見つめていた。その後、ユーグは目線を左右に動かし、どこか寂しげに目を細める。
 
「そっか、分かった。行くとこ有るなら、それが良いよね」
 そう返すと、ユーグは目を伏せて息を吐き出した。この時、その様子を見た男性は目を瞑り、落ち着いた声で話し始める。
「ええ。やはり、愛されて育った方が良いですからね……尤も、孤児院に愛がないという訳ではありませんが」
 そう話すと、男性は薄目を開けてユーグを見つめた。神父の話を聞いたユーグと言えば、無言で頷きどこか残念そうに溜め息を吐く。
 
「分かっていますね、ユーグ? 貴方の仕事が、どういったものであるか」
 その台詞を聞いた者は唇を噛み、目を瞑る。それから、ユーグはゆっくりとした呼吸を繰り返して気持ちを落ち着け、神父の目を真っ直ぐに見つめた。
「分かってる……この仕事、無ければ良いこと」
 ユーグは、そう返すと口を引き結んだ。この際、神父は指先で顎を撫でながら話を聞いており、何かを言おうとする気配は無い。
 
「でも、許せないし駄目。子供虐めるの」
 そう言い残すと、ユーグは神父に背を向けて歩き始めた。ユーグの態度を見た神父は複雑そうな表情を浮かべ、顎から手を離して息を吐き出す。
「まだまだ子供ですね、あの子も」
 神父がそう呟いた時、ユーグは教会の外に出た。教会を出たユーグの耳介は興奮の為か赤くなり、目の色も微かに朱に染まっている。

 外に出たユーグは、不機嫌そうに家へ向かっていた。その途中、目線を下に向けて歩くユーグは気付かなかったが、その近くをシュバルツが通り過ぎる。ユーグの存在に気付いた者は声を掛けようと振り返るが、俯いて歩く姿を見てそれを止めた。その後、青年はユーグが去った場所へ向かって行き、教会のドアを静かに開ける。
 
 礼拝堂に入った青年はその奥に居る者を確認し、それから笑顔を浮かべて口を開いた。
「居た、居た。我が愛しの神父様」
 シュバルツの台詞を聞いた者は苦笑し、頭を抱える。そして、目を細めて青年の顔を見つめると、神父は呆れた風に溜め息を吐いた。
 
「気持ち悪い言い方はお止め下さい。私、そう言う趣味は無いですから」
 神父の言葉を受けた青年は軽く笑い、ゆっくりと前に進んで行く。
「あれ? 神父様って、隣人を愛するように説くお仕事じゃ無かった?」
 青年の質問を聞いた者は首を振り、片目を瞑って頭を傾けた。
 
「愛にも色々有るのですよ。何なら、今からじっくり説教をして差し上げましょうか?」
 神父の返答を聞いた者は困ったように笑い、歩くことを止める。この時、青年は神父の目前まで到着しており、それ以上進めば体が触れ合ってしまう程であった。
「遠慮しておきます。伺いたいことが増えちゃったんで、他の事に時間を取られるのはちょっとね」
 そう返すと、シュバルツは軽く片目を瞑った。そして、神父の考えを窺うように目を合わせると、そのまま静かに息を吸い込む。
 
「で、先ずは俺の仕事の事なんだけど」
 シュバルツは、そこまで話したところで懐に手を入れ、黒い封筒を取り出した。黒い封筒には幾らかの膨らみがあり、その封は閉じられていない。青年は、その封筒を神父に手渡し、封筒を受け取った者はそれを袖の中に隠した。
 
「あの件は黒だった。誰を行かせるかは、調査結果を確認して決めて」
 そう伝えると、シュバルツは目を瞑り、息を吸い込んだ。対する男性は無言で青年の話を聞いており、何か言葉を返す様子は無い。
 
「で、ユーグのことなんだけど、何かあった? 元気が無いように見えたけど」
 青年の話を聞いた者は左の眉を小さく動かし、静かに息を吸い込んだ。
「話をしたんですよ。ほら、この間ユーグが助けた子の処遇について」
 それを聞いた青年は不思議そうな表情を浮かべ、神父の話を静かに聞き続ける。
 
「そうしたら、どうも腑に落ちなかったらしくて……今まで、ユーグから子供のことを聞いてきたことは無かったもので、動揺で私の返答がおかしなものになってしまったのかも知れませんが」
 神父は、そこまで話したところで溜め息を吐く。一方、男性の話を聞いたシュバルツは左手で頭を掻き、自らの考えを纏めようとしていた。
 
「自分の知らないところで決まったのが嫌だったのかな? それにしても、ユーグから聞いてくるなんて珍しい」
 シュバルツの話を聞いた者は小さく頷き、片目を瞑って口を開く。
「かも知れませんね……ユーグから質問をしてきたことも含め、自我が強くなってきたと言えそうです」
 そう話すと、神父はゆっくりと息を吐き出した。この時、シュバルツは目を細めて天井を見上げ、小さな声で話し始める。
 
「自我ねえ……これから、どういう風に成長してくれるのかな、ユーグは?」
 青年は、そう言うと神父の目を見つめて笑顔を浮かべる。すると、神父も笑顔を浮かべ、青年の目を見つめ返した。
「それは、私にも分かりかねますね。ですが、今更引き返せませんよ。あの子だって」
 その台詞を聞いたシュバルツは苦笑し、頭を掻いた。そして、目を瞑って長く息を吐くと、気怠るそうに口を開く。
 
「神父様に分からないんじゃ、俺には想像もつかないや」
 青年は、そう返すと目を開き自嘲気味に笑う。それから、口元を押さえて咳き込むと、涙目になりながら言葉を続けた。
 
「でも、期待してるよ。俺は」
 青年は、そう話すと口角を上げた。そして、神父の目を真っ直ぐに見つめると、微かに目を細めて言葉を発する。
「じゃ、今日はこれくらいで。また、何か有ったら寄りますよ」
 そう言い残すと、シュバルツは直ぐに踵を返して歩き始めた。一方、神父は青年の背中を無言で見つめ、どこか疲れた様子で息を吐き出す。
 
 その後、一人残された神父は天井を見上げ、静かに目を瞑った。そして、ゆっくりとした呼吸を繰り返すと、目を開いてシュバルツの去った方向を見つめる。
「頭が痛いですね、全く」
 そう呟くと、神父は左手で顔の半分を覆った。その後、神父は目を細めて笑い、疲れたように長く息を吐く。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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