突き付けられた現実

文字数 3,465文字

 姉妹はそうして日々を過ごしていき、シュバルツは数日ごとに部屋を訪れていた。彼は、訪れる度に本を持参し、姉妹が読み終えた本と交換していく。
 セーラは、興味のあるものが出来たせいか包帯を取ることも無くなり、表情も明るくなっていった。妹の元気が出たせいか、レイラも笑顔でいることが多くなっている。
 
 何時しか姉妹の傷は治り、姉の脚からはギプスが外された。妹の顔や腕からも包帯が外されたが、自ら傷つけたせいか顔の火傷は跡となって残ってしまう。ギプスを外したレイラはリハビリを開始し、その間セーラは院内の学校に通っていた。セーラは相変わらず言葉を話せなかったが、同年代の友人が出来たおかげか楽しそうな声を出すことは増えていく。
 
 レイラが杖を使わずに歩けるようになった頃、セーラは絵本に書かれた文章を読めるようになっていた。そのせいか、セーラはシュバルツの来訪を待ち望み、新しい本を渡されるなりそれを読む程だった。姉妹の治療が終わりに近付いた頃、看護師とシュバルツが連れ立って病室に入ってきた。看護師は姉妹の名前を優しく呼ぶと、退院後の事について話すと告げる。
 
 看護師の声を聞いた姉妹は彼女の方に体を向け、話を聞く体勢を取る。一方、看護師はシュバルツと顔を見合わせ、それから姉の目を真っ直ぐに見つめた。そして、看護師はゆっくり息を吸い込むと、目を細めて口を開く。
 
「そろそろ二人も退院出来るし、その時のことを話しておくわね」
 その話を聞いた姉妹は頷き、姉妹の仕草を見たシュバルツは口に手を当てて咳払いをする。その後、彼は口に当てた手を離すと、姉妹の顔を見やって話し始めた。
 
「じゃ、俺が話すから聞いてね。二人には、孤児院に入って貰うことになったから」
 シュバルツは、そう言うと息を吸い込み、片目を瞑って言葉を続ける。
「必要な手続きは殆ど済んでいるし、良い人ばかりだから心配は要らないかな」
 青年がそう告げた時、レイラはシュバルツの目を見上げて口を開いた。
 
「あの! 元の家には戻れないんですか? その……友達とか心配しているだろうし」
 レイラの台詞を聞いた看護師は辛そうな表情を浮かべ、シュバルツは大きな溜め息を吐く。その後、青年は気怠るそうな表情を浮かべると、乱暴に自らの頭を掻いた。
「それ、

言ってるの? 俺が無理矢理にでも家に行かなきゃ、君達は死んでいたのに」
 レイラはシュバルツの台詞に体を強張らせ、セーラは不安げに姉の顔を見やった。この時、看護師は目を瞑って自らの左肘を掴んでおり、シュバルツの話を止めようとはしない。
 
「第一、君達みたいな子供だけで暮らせると思う? そもそも、ここの治療費だって払えないでしょ?」
 シュバルツは、そう言い放つと腕を組み、大きく息を吐き出した。彼の話を聞いたレイラは目を伏せ、強くシーツを握りしめる。
 
「でも……パパが、パパが見つかれば」
「正気? 自分可愛さに君達を置いて行った男だよ? 今更、助けてくれるとでも思う?」
 そう吐き捨てると、シュバルツはゆっくり首を横に振った。彼の話を聞いたレイラは強く目を瞑り、小刻みに唇を震わせる。
 
「納得出来ない? でも、男ってさ……面倒な妻より、若い子に魅力を感じちゃうんだよねえ。自分の年とか関係なく」
 シュバルツは、そこまで話したところで懐に手を入れた。そして、そこから写真の入ったフォルダを取り出すと、レイラの目の前に放り投げる。
 
「ま、調査したのは俺じゃ無いから。詳しくは知らないんだけど」
 シュバルツは、そう話したところで開いたベッドに腰を下ろし、疲れた様子で欠伸をした。一方、レイラはベッドに落ちたフォルダに手を伸ばし、その中を見ようとする。
 
「俺達としては、助けた子達を不幸にするのはちょっとね」
 シュバルツがそう言った時、レイラは震える手でフォルダを開いた。フォルダに入れられた写真には姉妹の父親が映っており、彼の傍には若い女性の姿が在る。写真に写る女性は姉妹の父親と腕を掴み、幸せそうに頬を寄せていた。それを見たレイラは肩を震わせ、フォルダを開いたまま強く目を瞑る。
 
「俺達だって、肉親の元で

暮らせるならそれでいい。でも、それが無理そうなら、違う手段を選ぶしか無いんだよね」
 そう話すと、シュバルツは目を細めて天井を見上げる。この際、レイラは目を開いて他の写真を見ており、少女の顔色は次第に悪くなっていった。
 
「で、どうする?」
 シュバルツは、それだけ言うとレイラを見つめた。対するレイラは目線を下に向け、彼に言葉を返すことは無い。
「ま、直ぐには決心付かないよね」
 シュバルツは、それだけ言うと病室を出た。看護師も彼の後を追うように部屋を出、病室には幼い姉妹だけが残される。
 
 残された姉妹の間に会話は無く、姉はフォルダを持ったまま固まっていた。妹は、姉の様子を心配そうに見つめるが、言葉を発することは無い。この為、姉妹の病室は静寂に包まれ、ただただ時間だけが過ぎていった。
 それから数時間が経ち、看護師が姉妹の病室へ食事を届けにきた。看護師は心配そうにレイラを見つめ、見つめられた少女はフォルダに入れられた写真を見つめたまま泣いている。
 
 写真の中では、女性が生まれたばかりの子供を抱いており、その傍らには笑顔を浮かべる父親の姿が在った。そのような写真は数枚あり、それらが少女の心に打撃を与えるのは不思議ではない。看護師は、レイラの名を呼んで食事を摂るように勧めるが、少女が反応を示すことは無かった。この為、看護師はセーラの食事を先に用意し、それから広げられたままのフォルダを手に取る。
 
 看護師は、無言で簡易テーブルを設置すると料理を乗せ、少しでも食べるよう言い残して部屋を去った。その後も、レイラはぼんやりと料理を見つめたまま動かず、セーラも姉の様子を心配してか料理に手を付けていない。
 一時間程して看護師が食器の片付けに来た時、姉妹は無言のまま料理に手を付けていなかった。看護師は、残された料理ごと食器を片付け、心配そうに姉妹の様子を窺う。看護師は、姉妹の様子を気にしながらも食器の乗せられたカートを押し、部屋を出ようとした。しかし、レイラが声を上げてそれを阻止し、看護師は微笑みながら振り返る。
 
「どうしたの?」
 看護師の問いを聞いたレイラは強く手を握り締め、それから大きく息を吸い込んだ。そして、少女は看護師の目を見上げると、意を決した様子で口を開く。
「あの! あの……えっと、シュバルツさんはああ言っていたけど、やっぱりパパに会いたい……です。その……孤児院に行くにしても、一度で良いから会いたいです」
 レイラの必死な台詞を聞いた看護師は目を細め、無言で少女に返す言葉を模索した。そして、意を決したように目を開くと、息を吸い込んで口を開く。
 
「分かった、私の方から話を通してみる。どこまで力になれるかは、分からないけど」
 看護師は、そう言うと腰を折ってレイラと目線を合わせた。そして、首を傾げて微笑を浮かべると、セーラの姿を一瞥して言葉を続ける。
「勿論、セーラちゃんも一緒に行けるようにお願いするわね。その時は、二人分の外出着をプレゼントするから」
 看護師は、そう伝えると片目を瞑った。彼女の話を聞いたレイラは頷き、それから妹の方へ顔を向ける。この際、看護師は腰を伸ばして後退し、そっと部屋から立ち去った。

 レイラは、カートの車輪が出す音で看護師が去ったことに気付くが、今度は呼びとめようとはしない。少女は、代わりに妹の名を呼んでおり、セーラは姉の呼び掛けを聞いて反応を示した。
「セーラ、聞いた? パパに会えるかも知れないよ。会ったら何を話そうか?」
 姉の言葉を聞いたセーラは首を傾げ、小さな声を何度か漏らした。その様子を見たレイラは目を見開き、申し訳無さそうに言葉を紡ぐ。
 
「ごめんね、セーラ。セーラはまだ話せないのに……そうだ! だったら、絵を描いてプレゼントしようか?」
 レイラは、そう言うと笑顔を浮かべ、妹の目をじっと見つめる。その後、レイラは首を傾げ、静かに妹の返答を待った。すると、妹は僅かに口角を上げながら頷き、それを見た姉は安心した様子を見せる。
 
「じゃ、そうしよっか」
 レイラはそう言うと天井を見上げ、息を吐き出した。一方、セーラは姉の様子を見ながらレイラと同じ姿勢を取り、目を瞑る。目を瞑ったセーラは、幾らもしないうちに眠ってしまい、話し相手の居なくなったレイラは無言のまま天井を眺めていた。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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