小を切り捨てるは悪かそれとも善か

文字数 3,856文字

「ユーグ、良く眠れた?」
 青年の問い掛けにユーグは頷き、窓の外を確認した。その後、ユーグは大きな欠伸をし、眠気の取れていない瞳でシュバルツを見つめる。
「終わり?」
 ユーグの台詞を聞いた青年は頷き、その仕草を見た者は車を降りた。そして、助手席のドアを勢い良く閉めると、家の在る方へ向かって行く。

 ユーグが歩き始めた時、空には多くの星が浮かんでいた。ユーグは、家へ帰る前に何度か空を見上げ、その度に小さな溜め息を吐く。そして、自らの家に明かりが灯っていないことに気付くと、寂しそうに目を細めて口を開いた。
 
「姉さん、寝てるよね」
 そう呟くと、ユーグは花壇の横に腰を下ろした。そして、膝を抱えて空を見上げると、口先を尖らせ細く息を吐き出す。
「うん、大丈夫」
 そう言って、ユーグは目を瞑った。その後、ユーグは目を瞑ったままゆっくりとした呼吸を繰り返し、朝が来るまで動くことは無かった。
 
 朝になって目覚めたユーグは、家の寝室の方へ回り込む。そして、そのカーテンが開いていることを確認すると、玄関のドアを開けて屋内へ入った。
 ユーグが家に入ると、そこには目覚めたばかりの姉の姿が在る。この際、姉の姿を見た者は安心した様な表情を浮かべ、ユーグの帰宅を知ったアンナは笑顔を浮かべて口を開いた。
 
「お帰りなさい、ユーグ」
 アンナは、そう言ったところでユーグの服を見、その汚れに気付くなり微苦笑する。
「私は、これから朝食の用意をするから、その間にシャワーを浴びて来たら? 料理に土埃が入ると良くないし……今日は、まだ洗濯をしていないから、その方が纏めて洗えて助かるの」
 アンナの提案を聞いたユーグと言えば、自らの服を見下ろした。すると、それには所々に白くなった土が付着しており、決して綺麗とは言えなかった。
 
「ん。行ってくる」
 そう返すと、ユーグは浴室の方へ向かって行った。そして、汚れた服を脱ぎ捨てると、シャワーを浴びながら髪など付いた汚れを洗い始める。
 汚れが落ち切った時、ユーグは浴室から出て大きなタオルに包った。そして、そのままの姿で寝室へ向かうと、クローゼットから綺麗に洗われた着替えを取り出す。
 
 ユーグは、取り出した着替えをベッドに置くとタオルを外し、素早く衣服を身に付けていった。その後、ユーグはベッドに置いたタオルを掴み、濡れた髪を拭きながらリビングへ向かって行く。
 この時、リビングのテーブル上にはパンが用意されており、それを見たユーグは椅子に腰を下ろした。椅子に座る者はタオルの乾いた部分を探しながら髪を拭き、拭き終えたところで自らの肩にタオルを掛ける。一息ついたユーグは細く息を吐き出し、そのまま料理が運ばれてくるのを待った。
 
 ユーグが椅子に座ってから十数分後、調理を終えたアンナが出来上がったばかりの料理を運び始める。料理が運ばれていることに気付いたユーグは直ぐに姉を手伝い始め、二人は程なくして朝食を摂ることが出来た。姉の料理を食べる者は幸せそうな笑顔を浮かべ、それに気付いたアンナは安心した様子で微笑する。
 
 食事を終えた後、ユーグは肩に掛けたタオルを椅子に置いて家を出た。家を出た者はゆっくりと教会に向かっており、強い陽光のせいか目は開ききっていない。また、暑さのせいか額には汗が浮かんでおり、その呼吸は少し荒かった。

 ユーグが家を出た頃、シュバルツは一足先に教会へ到着していた。シュバルツは、礼拝堂に入るなりそこに居た神父へ歩み寄り耳打ちをする。一方、青年の話を聞いた者は小さく頷き、肯定の返事を得たシュバルツは右方へ目線を動かした。
 その後、青年は教会の一室へ向かい、そのドアを数回叩いた。すると、中からは男性の声が聞こえ、落ち着いた声を聞いたシュバルツはドアを開けて室内へ入る。
 
 部屋に入った者はそのまま真っ直ぐ進み、仕事机の前で止まった。この時、シュバルツの眼前には椅子に座る男性の姿が在り、その男は微笑みながら青年の出方を窺っている。
 
「お早うございます、神父様。昨日の事、ユーグより先に話しておきたくて」
 青年の話を聞いた者は、無言で頷き立ち上がった。その後、彼はソファーの方へ向けて腕を伸ばし、その仕草を見た青年は指示された方へ進んで行く。青年と部屋主は向かい合う形でソファーに座り、シュバルツは大きく息を吸い込んでから話を始めた。
 
「ユーグの不満は、俺やディックに向けてのものが多かったみたい。ま、ディックは無愛想だし、俺はこんな調子だからね」
 シュバルツは、そこまで話したところで目を瞑り、ゆっくり息を吸い込んだ。対する男性は苦笑しながら話を聞いており、シュバルツが話し終えるまで口を開く様子は無い。
 
「あの仕事は何の為にやるのかとか、何を埋めさせられたのか……とかは、今のところ聞かれてない。それよりも、いきなり置いていかれたりした方が、ご立腹みたいだよ?」
 そう言ってから、青年は片目を開く。シュバルツは、そのまま自重気味な笑みを浮かべると、背もたれに体重を掛けて息を吐き出した。
 
「まだ使えるよ、ユーグは。ま、俺がそう感じただけで、最終的な判断は任せるけど」
 そう伝えると、シュバルツは目を開いて男性の顔を見つめた。顔を見つめられた者と言えば、顎に手を当てて何度か頷き、青年の目を見つめ返す。
「分かりました。これからどうするかはユーグの反応を見てから決めますが、参考には致しますよ」
 そう返すと、男性は微笑し青年の反応を待った。一方、シュバルツはゆっくりと息を吐き出し、辛そうな表情を浮かべて口を開く。
 
「で、ユーグにあの仕事を再開させることになったら、この間の子はどう説明するかって話」
 青年は、そこまで話したところで手を合わせ、自らの膝に肘を乗せる。この時、男性は顎に手を当てたまま首を傾げており、それを見たシュバルツは話を続けた。
 
「だってさ、ユーグったら、子供を助けていないって思ってるじゃん? だから、もう一度行きたい、って言い出すんじゃないかなーと思って」
 それを聞いた者は目を細め、それから腕を組んで溜め息を吐く。
 
「まあ、助けられたかどうかと言えば、微妙なところですが……事実を伝えれば、ユーグは少なからず衝撃を受けるでしょうしね」
 そう伝えると男性は体を後方に傾け、目線を上方へ動かした。
「他の者が助け、他の病院へ入院させた。うちの管轄外だから忘れなさい……とでも説明するのが無難でしょうね」
 男性は、そう言うとシュバルツの目を真っ直ぐに見つめた。一方、彼の話を聞いた青年は小さく頷き、それからゆっくり息を吸い込む。
 
「了解。ユーグが聞いてきたら、そう説明するよ。連れてきたは良いけど、意識を取り戻す様子は無いし、これ以上は待てないでしょ?」
 シュバルツの問いを聞いた男は苦笑し、気まずそうに頬を掻いた。
「治療費ばかりが嵩んでいますからねえ。回復する見込みが無いなら、たとえ残酷であろうと決断をしなければならないでしょう」
 言って、男性は目を伏せる。一方、シュバルツは片目を瞑って首を傾け、細く息を吐き出した。
 
「だよね。ま、意識を取り戻したところで、重い障害が残るらしいし……それなら、何人もの命を救う為に使った方が賢明。そうすれば、お高い治療費も補完出来るし」
 そう返すと、青年は眼前に居る者の目をじっと見つめた。この時、シュバルツの話を聞いた者は目を細めて苦笑し、自嘲気味に話し始める。
 
「私だって、本当は治るのを待っていたいですよ? でも、それじゃ孤児院で暮らす子達に不自由をさせてしまうことになりますから」
 男性は、そう言うと目を瞑り、疲れた様子で溜め息を吐いた。
「食料は敷地内でも作っていますし、衣服なども寄付である程度は賄えます。ですが、その寄付も最近は減ってきていまして」
 男性は、そこまで話したところで右目を開き、小さく首を傾ける。
 
「辛い体験をしてきた分、不自由はさせたく無いんです。衣食住は勿論、夢があるなら叶えるお手伝いもしてあげたいですし」
 そう言って、男性は目を細めた。そして、手を組んで上体を前に傾けると、長く息を吐き出す。
「夢、ねえ……俺、小さい頃何になりたかったとか、覚えてないや」
 そう話すと、青年は自嘲気味に笑った。一方、シュバルツの笑みを見た者は首を傾げ、それから落ち着いた声で話し始める。
 
「大人なんて、そういうものですよ。避けて通れない現実を何度も付き付けられ、夢という存在さえ忘れてしまう」
 男性は、そこまで話したところで息を吸い込み、軽く目を瞑った。
「だからこそ、夢を持っている子供を応援したくなるのかも知れません。貴方だって、そうでしょう?」
 男性の台詞を聞いたシュバルツは微苦笑し、それから小さく頷いてみせる。
 
「かもね。こんな道を選んでおいてあれだけど、真っ当な幸せを掴んで欲しいって思うし」
 そう返すと、青年は目を細めて天井を見上げた。そして、ゆっくり息を吸い込むと、目を細めたまま話を続ける。
「ユーグだって、他の道を選んでくれていたら応援していたし……今だって、あの子がやりたいと願うなら手助けしたいって思うよ?」
 シュバルツは、そこまで話したところで男性の目を見つめた。そして、細く息を吐き出すと、膝に手を当てて立ち上がる。
 
「さて、そろそろユーグが来そうだし、俺は帰るよ」
 シュバルツは、そう言うと微笑み男性の目を見つめた。対する男性は無言で頷き、その仕草を見た者は部屋の外へ向かって行く。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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