幸せの幻影
文字数 2,524文字
町の外れに四人家族が住んでいた。新しい家には、三十代半ばの夫婦と二人の子供が居り、妹は三歳になったばかりだった。姉は父親の容姿を、妹は母親の容姿を受け継いでおり、姉だけが透き通るような青色の瞳をしている。学校に通い始めたばかりの姉の肌は白く、輝く金色の髪は友人からも人気が有った。
一方、妹の髪は明るめの栗色をしており、誰にでも分け隔てなく接する姿は大人達に人気が有る。また、妹は同じ年頃の子供らと頻繁に遊んでおり、竹を割った様な性格は男女を問わずに好かれる要因となっていた。
妹や両親の瞳は碧色をしており、子供達の瞳は何時も楽しそうに輝いていた。家から漏れる話し声は明るく、誰もが仲の良い家族だと思っていた。実際、喧嘩をするのは子供達だけのことであったし、両親はそれを優しく宥めていた。
しかし、歯車は些細なことで狂い始めた。それはほんの些細な出来事だった。仕事の関係で、父親が長期の出張に出ることになったのが始まりだった。
学校へ通う姉のことを考え、父親は一人で半年間の出張に赴いた。残された者達は寂さを抱きながらも仲良く暮らしており、何も心配無いように思われた。
出張先から電話が毎日のように掛かって来ており、週に何度か子供宛に手紙が届いていた。しかし、それは初めの一月程であり、父親からの連絡頻度は落ちていった。それでも、子供達は届いた手紙を読み返し、その場に居ない者の温もりを感じていた。しかし、純真な心を持たぬ者は、次第に不安を募らせていく。
母親は、出張中の夫を疑っていた。夫の連絡が減ったのは、仕事以外に
出張を終え、父親が帰って来た時、子供らは満面の笑顔で彼を迎える。父親は、大きな鞄を置くと子供達を抱き上げ、家には明るい笑い声が戻った。しかし、疑いを持ったままの者は夫の帰還を喜ばず、父親はそんな妻を不思議に思っていた。それでも、半年ぶりに会った子供らには惜しみない愛情を注ぎ、姉妹はその愛情を素直に受け取る。
子供達が寝静まった頃、父親は出張の為に用意していた荷物を片付け始めた。この際、彼の妻は無言でそれを眺めており、その眼差しは
妻の目線に気付いた夫は、「何が言いたいのか」と尋ねるが、尋ねられた本人と言えば目を逸らして否定の返事をなすだけであった。その態度に夫は首を捻るが、それ以上問うことは無かった。その後、彼は粗方の荷物を片付け、子供達の額に口づけをしてから眠りに付く。
一方、彼の妻はやり忘れたことがあると理由をつけてベッドに入らず、夫の私物を一つ一つ調べていった。片付けの終わっていない荷物には土産しか無かったが、妻は納得がいかないと言った様子で舌打ちをする。
夜が明けた時、父親は片付けていなかった荷物に手を付けた。彼は、その荷物に違和感を覚えるが、
父親の声を聞いた子供達は笑顔で挨拶を返し、妹は両手を広げて顔を上げる。すると、父親は小さな娘を抱き上げ、右手でその体を軽々と支えた。そして、彼は開いている左手で子供の頭を撫でると、娘を抱いたまま椅子に座る。その後、妹は顔を上げながら父親の居なかった間のことを話し始め、姉は妹らを横目で見ながら黙っている。
そうこうしているうちに、朝食を作り終えた母親が温かな料理を乗せたプレートを持ってリビングに来る。彼女は、プレートに乗せられた皿をテーブルに置くと、直ぐにキッチンへ戻っていった。テーブルに置かれた皿には、バターの香りがする煎り卵や、茹でられたソーセージや野菜が彩りよく盛りつけられていた。それを見た姉は皿の一つを自分の前に置き、一番多く盛られた皿を父親の前に移動させる。
姉の行為を見た父は礼を言い、左手を伸ばして姉の頭を撫でた。この時、妹はどこか不満そうに低い声を漏らし、首を伸ばして自らの頭を父親の顎にぶつける。
父親は、妹の行為に苦笑し、その顔を見下ろした。しかし、膝に座る子は目線を逸らし、彼は首を傾げながら目を瞑る。
父親が物音に気付いて目を開いた時、彼の妻が温かなパンや四人分のマグを乗せたプレートを持ってリビングに来ていた。妻は、夫の前に温かな珈琲を置き、子供達の前には果実を絞って作ったジュースを置いた。そして、キッチンから一番近い席の前に残ったマグを置くと、プレートをテーブルの中程に置いて椅子に座る。母親が席に着いたことに気付いた姉はプレートに手を伸ばし、そこからスプーンとフォークを手に取った。そして、母親の目を一瞥すると、プレートに乗せられたままのパンを掴んで手前にある皿へ乗せる。
「いただきます」
姉がそう言うと同時に、妹はプレートに乗せられたパンを取ろうとした。しかし、彼女の腕の長さではパンに届かず、父親が代わりとなってパンを取る。彼は、そのパンを子供に渡し、パンを受け取った妹は両手で丸いパンを掴んで食べ始めた。
父親は、自らの分のパンを取ると一口食べ、咀嚼をしながらスプーンを手に取った。そして、炒られた卵を掬い上げると、腕を娘にぶつけないようにして口に入れる。
妹は、父親がゆっくりとおかずを食べている間にパンを食べ終え、指を咥えながら皿に乗った料理を見つめた。それに気付いた姉と言えば、妹の前に在る皿に乗せられたソーセージを、持っていたフォークで深く刺した。姉は、直ぐにそれを妹の口元へ運び、妹は姉が差しだした食物に齧りつく。姉妹の様子を見た母親は苦笑するが、何も言うこと無く食事を続けた。その後、妹がマグを倒す事故も有ったが、食事の時間は平和に過ぎていった。
一方、妹の髪は明るめの栗色をしており、誰にでも分け隔てなく接する姿は大人達に人気が有る。また、妹は同じ年頃の子供らと頻繁に遊んでおり、竹を割った様な性格は男女を問わずに好かれる要因となっていた。
妹や両親の瞳は碧色をしており、子供達の瞳は何時も楽しそうに輝いていた。家から漏れる話し声は明るく、誰もが仲の良い家族だと思っていた。実際、喧嘩をするのは子供達だけのことであったし、両親はそれを優しく宥めていた。
しかし、歯車は些細なことで狂い始めた。それはほんの些細な出来事だった。仕事の関係で、父親が長期の出張に出ることになったのが始まりだった。
学校へ通う姉のことを考え、父親は一人で半年間の出張に赴いた。残された者達は寂さを抱きながらも仲良く暮らしており、何も心配無いように思われた。
出張先から電話が毎日のように掛かって来ており、週に何度か子供宛に手紙が届いていた。しかし、それは初めの一月程であり、父親からの連絡頻度は落ちていった。それでも、子供達は届いた手紙を読み返し、その場に居ない者の温もりを感じていた。しかし、純真な心を持たぬ者は、次第に不安を募らせていく。
母親は、出張中の夫を疑っていた。夫の連絡が減ったのは、仕事以外に
何か
をしているのでは無いかと疑っていた。離れて暮らす者にそれを確かめる術は無かったが、それが逆に疑心を育てていった。そのせいか、電話を掛けてきた夫に冷たく当たり、それを指摘した夫に苛立って声を荒げるとことさえあった。また、次第に苛立ちを子供達にもぶつけるようになり、出張期間が半分過ぎた頃には家から笑い声は消えていた。出張を終え、父親が帰って来た時、子供らは満面の笑顔で彼を迎える。父親は、大きな鞄を置くと子供達を抱き上げ、家には明るい笑い声が戻った。しかし、疑いを持ったままの者は夫の帰還を喜ばず、父親はそんな妻を不思議に思っていた。それでも、半年ぶりに会った子供らには惜しみない愛情を注ぎ、姉妹はその愛情を素直に受け取る。
子供達が寝静まった頃、父親は出張の為に用意していた荷物を片付け始めた。この際、彼の妻は無言でそれを眺めており、その眼差しは
何か
言いたそうであった。妻の目線に気付いた夫は、「何が言いたいのか」と尋ねるが、尋ねられた本人と言えば目を逸らして否定の返事をなすだけであった。その態度に夫は首を捻るが、それ以上問うことは無かった。その後、彼は粗方の荷物を片付け、子供達の額に口づけをしてから眠りに付く。
一方、彼の妻はやり忘れたことがあると理由をつけてベッドに入らず、夫の私物を一つ一つ調べていった。片付けの終わっていない荷物には土産しか無かったが、妻は納得がいかないと言った様子で舌打ちをする。
夜が明けた時、父親は片付けていなかった荷物に手を付けた。彼は、その荷物に違和感を覚えるが、
何か
を家族に問うことなく片付けを終える。彼が朝食を食べる為にリビングへ向かうと、そこには目を擦りながら椅子に座る娘の姿が在った。彼は、その姿を見るなり姉妹の名前を呼び朝の挨拶をする。父親の声を聞いた子供達は笑顔で挨拶を返し、妹は両手を広げて顔を上げる。すると、父親は小さな娘を抱き上げ、右手でその体を軽々と支えた。そして、彼は開いている左手で子供の頭を撫でると、娘を抱いたまま椅子に座る。その後、妹は顔を上げながら父親の居なかった間のことを話し始め、姉は妹らを横目で見ながら黙っている。
そうこうしているうちに、朝食を作り終えた母親が温かな料理を乗せたプレートを持ってリビングに来る。彼女は、プレートに乗せられた皿をテーブルに置くと、直ぐにキッチンへ戻っていった。テーブルに置かれた皿には、バターの香りがする煎り卵や、茹でられたソーセージや野菜が彩りよく盛りつけられていた。それを見た姉は皿の一つを自分の前に置き、一番多く盛られた皿を父親の前に移動させる。
姉の行為を見た父は礼を言い、左手を伸ばして姉の頭を撫でた。この時、妹はどこか不満そうに低い声を漏らし、首を伸ばして自らの頭を父親の顎にぶつける。
父親は、妹の行為に苦笑し、その顔を見下ろした。しかし、膝に座る子は目線を逸らし、彼は首を傾げながら目を瞑る。
父親が物音に気付いて目を開いた時、彼の妻が温かなパンや四人分のマグを乗せたプレートを持ってリビングに来ていた。妻は、夫の前に温かな珈琲を置き、子供達の前には果実を絞って作ったジュースを置いた。そして、キッチンから一番近い席の前に残ったマグを置くと、プレートをテーブルの中程に置いて椅子に座る。母親が席に着いたことに気付いた姉はプレートに手を伸ばし、そこからスプーンとフォークを手に取った。そして、母親の目を一瞥すると、プレートに乗せられたままのパンを掴んで手前にある皿へ乗せる。
「いただきます」
姉がそう言うと同時に、妹はプレートに乗せられたパンを取ろうとした。しかし、彼女の腕の長さではパンに届かず、父親が代わりとなってパンを取る。彼は、そのパンを子供に渡し、パンを受け取った妹は両手で丸いパンを掴んで食べ始めた。
父親は、自らの分のパンを取ると一口食べ、咀嚼をしながらスプーンを手に取った。そして、炒られた卵を掬い上げると、腕を娘にぶつけないようにして口に入れる。
妹は、父親がゆっくりとおかずを食べている間にパンを食べ終え、指を咥えながら皿に乗った料理を見つめた。それに気付いた姉と言えば、妹の前に在る皿に乗せられたソーセージを、持っていたフォークで深く刺した。姉は、直ぐにそれを妹の口元へ運び、妹は姉が差しだした食物に齧りつく。姉妹の様子を見た母親は苦笑するが、何も言うこと無く食事を続けた。その後、妹がマグを倒す事故も有ったが、食事の時間は平和に過ぎていった。