その苦しみはどこから来るか

文字数 3,836文字

「ユーグは、今日退院でしたか」
 神父の問いを聞いた者は無言で頷き、無表情のまま口を開く。
「ユーグは、ね。ただ、あの子が助け出した子は、意識が戻らないんだって」
 その話を聞いた神父は目を瞑り、頭を抱えた。
 
「全く……後処理も大変だったと言うのに、子供がそんな状態では」
 神父は、そう言うと溜め息を吐き、右目だけを開いてみせる。
「それなりの責任を、取って頂かなければならないですね」
 神父の台詞を聞いた青年は苦笑し、上体を少しだけ後方に傾けた。
 
「責任……か。ユーグも怪我をしたんだし、酷な気もするけど」
 シュバルツは、そこまで話したところで天井を見上げた。彼の台詞を聞いた神父と言えば、両目を開いて手を組み、組んだ手の上に顎を乗せる。
「では、貴方が責任を取りますか? ユーグを救い出し、あの仕事を教えた貴方が」
 その問いを聞いた青年は目を丸くし、神父の顔を見つめた。そして、目を細めて小さく笑うと、何度か首を横に振る。
 
「冗談。俺は、そんなに甘くないよ」
 そう言って、青年は舌を突き出してみせる。一方、その仕草を見た者は溜め息を吐き、手に顎を乗せたまま首を傾けた。
「では、ユーグに責任を取って頂く以外に有りませんね。とは言え……先ずは、話を聞いてみなければなりませんが」
 そう言うと、神父は微笑しながら青年の目を真っ直ぐに見つめる。一方、見つめられた者は微苦笑し、それからゆっくり息を吸い込んだ。
 
「はいはい。俺が、呼び出せば良いんですね?」
 シュバルツは、そう言うと立ち上がり、神父の顔を無言で見下ろす。
「物分かりが良くて助かります。日時は……そうですね、二日後の正午で如何です?」
 神父の話を聞いた者は笑顔で頷き、それから静かに部屋を出た。一方、神父は青年の背中を無言で見送り、大きく息を吐き出した。

 ユーグが退院してから二日後、家には黒い封筒が届けられた。封筒には、向かうべき場所と時刻が記されたカードが入っており、ユーグは正午前に家を出る。
 家を出たユーグは教会へ向かって行き、指定された部屋のドアを軽く叩いた。すると、部屋の中からは男性の声がし、それを聞いたユーグはドアを開ける。
 ユーグが部屋へ入ると、そこには椅子に座る神父の姿が在った。また、向かって左側にはソファーに座るシュバルツの姿が在り、それを見た者は驚いた表情を浮かべる。
 
「お待ちしていましたよ、ユーグ。さ、ソファーへどうぞ」
 神父の言葉を聞いた者は頷き、静かにソファーの方へ向かって行く。そして、シュバルツの隣に座ると目を伏せ、そのまま長く息を吐き出した。
 程なくして、神父はユーグの前に着席し、微笑みながら対面に座る者達の顔を見やる。
 
「さて、報告を聞かせてもらいましょうか」
 神父の台詞を聞いたユーグと言えば、気まずそうな表情を浮かべて目線を逸らした。そして、ゆっくりとした呼吸を繰り返すと、意を決したように口を開く。
「ごめんなさい。失敗、しちゃって」
 ユーグは、そこまで話したところで目を瞑り、ゆっくり息を吐き出した。
 
「でも、怪我治ったら。また」
 ユーグの話を聞いた二人は顔を見合わせ、シュバルツは神父の目を見つめて首を傾げた。一方、神父は顎に手を当てながら低い声を漏らし、何と言って良いかを模索する。
「ねえ、ユーグ? 捕まえる奴は二人だけど、助け出す子は一人だよ?」
 青年は、そう言うと苦笑し、ユーグの横顔をじっと見つめる。対するユーグは薄目を開き、どこか脅えた様子で言葉を返した。
 
「だって、殴られ、て。起きたら、病院、で。子供、救えて、ない」
 ユーグの話を聞いたシュバルツは、訝しげに目を細めた。そして、長く息を吐き出すと、片目を瞑って言葉を発する。
「もしかして、殴られた衝撃のせいで記憶が無いのかな?」
 青年の言葉を聞いた神父は小さく頷き、上体を軽く前に傾ける。
 
「かも知れませんね……ですが、このまま思い出すのを待つ訳にもいかないでしょう」
 そう話すと、神父はゆっくり首を横に振る。
「ユーグ、暫く保護の仕事は休みなさい。その代わり、やって頂きたい仕事があります」
 神父の話を聞いたユーグは目を丸くし、彼が何を言っているのか分からないと言った様子で口を開く。
 
「な、ん」
「怪我をした、記憶も無い。そんな人間を送り出す訳にはいかないんですよ。人員は、他にも居ますからね」
 神父の話を聞いたユーグは眼を伏せ、シュバルツは腕を組んで何度か頷いてみせた。
「そ。下手に送り出して、こっちにまで火の粉が降り掛かっても面倒だし」
 青年の台詞を聞いたユーグと言えば、目を伏せたまま唇を噛む。そして、気持ちを落ち着ける為に深呼吸をすると、震える声で話し始めた。
 
「でも、僕」
「言い訳は聞きません。ちゃんと仕事が出来ると確信出来るまで、こちらの指示に従ってもらいます」
 神父は、話し手の声を遮るように話し、ユーグの顔を覗き込む。
「良いですか、ユーグ? 何も、ずっと違う仕事をやれと言っている訳ではありません。ただ、万全の状態でなければ、送り出せないだけなのですよ」
 神父は、そこまで話したところで息を吐き出した。そして、どこか疲れた様子で目を瞑ると、呟く様に話し始める。
 
「何、至極簡単な仕事です。まあ……力仕事になるので、医者の許可が下りてからにはなりますが」
 神父は、そこまで話したところで目を開き、左手を顎に軽く当てる。
「ですので、それまでは孤児院で雑用をしてもらうことになります。こちらは、片手でも出来る楽なものですので、ご心配なく」
 そう伝えると、男性は笑みを浮かべてユーグの顔を見つめた。一方、ユーグはどこか不満そうに頬を膨らませ、わざとらしい溜め息を吐いてみせる。
 
「ユーグ……我儘は許しませんよ? 失敗をしたら、それ相応の罰がある。それは、最初に伝えておいた筈です」
 神父は、そこまで話したところでユーグに向けて手を伸ばした。そして、左手でユーグの顎を掴むと、やや強引な形で顔を上げさせる。
「嫌なら、仕事を辞めますか? ですが、この仕事を辞めると言うことは、死ぬ覚悟があると言うことです。下手に情報を漏らされても、困りますから」
 神父は、そう言い放つと微笑した。そして、ユーグに触れていた手を離すと、ソファーに座り直して目を細める。
 
「逃げようと思っても無駄ですよ? もし、貴方がそう言った素振りを見せれば、お姉さんの命が失われることになります」
 その話を聞いたユーグは唇を噛み、神父の顔を睨み付けた。しかし、神父に怯む様子はなく、尚も話を続けていく。
「御不満ですか? ですが、貴方が仕事を始める前に警告した筈です。家族を不幸な目に合わせる仕事でもあると」
 それを聞いたユーグは目を伏せ、ぽつりぽつりと言葉を漏らした。
 
「分かんないよ。難しい。でも、姉さん居なくなるの、駄目」
 ユーグの声を聞いた二人は無言で目線を合わせ、そのまま話を聞き続ける。この時、ユーグは悔しそうに拳を握り、絞り出す様にして言葉を発した。
「やる……姉さん、居なく、なるの。耐えられ、ない」
 その返答を聞いた神父は頷き、シュバルツは安心した様子で息を吐き出す。
「では、明日から孤児院での雑用をお願いします。詳しい仕事内容は、そこで説明がありますから」
 そう説明をすると、神父はユーグの顔を見つめて微笑した。一方、説明を聞いたユーグは小さく頷き、うっすらと涙の浮かんだ目で神父を見つめる。
 
「さて、私からの話はここまでです。シュバルツは、何かありますか?」
 神父の質問を聞いた青年は首を振り、それからユーグの顔を一瞥した。
「俺からは無いよ。話はまとまったみたいだし」
 そう返すと、シュバルツは口角を上げて神父の目を見た。すると、神父はゆっくり頷き、ユーグの目を見つめる。
 
「だ、そうです。ユーグ、今日はもう帰宅して、明日に備えて休みなさい」
 神父の話にユーグは頷き、直ぐに部屋から出ていった。しかし、シュバルツは部屋に残ったままで、ソファーに座ったままユーグの気配が無くなる時を待っている。
「ねえ、神父様」
 青年の呼び掛けに男性は首を傾げ、そのまま続く言葉を待った。
 
「罰、って言うから何をさせるのかと思ったけど、暫くは雑用とか優しいね」
 青年の台詞を聞いた者は目を細め、静かに息を吐き出した。
「あの子の看病でお姉さんが抜けた分、働いて貰うだけですよ。もともとの罰である緑化作業は、怪我を治してからやって頂く予定ですし」
 そう話すと、神父は笑顔を浮かべて左手の人差し指を立てる。彼の話を聞いた青年は目を丸くし、頭を掻きながら苦笑した。
 
「あれか……確かに、肩に怪我をした状態じゃ出来ないけど」
 青年は、そこまで話したところで腕を組み、目を瞑った。一方、シュバルツの話を聞いた者は大きく頷き、立てた指を引っ込める。
「今回、肥料が沢山出そうですからね。それはもう、大変な作業になるでしょう」
 そう返すと、神父は意味ありげに微苦笑した。そして、青年の目を真っ直ぐに見つめると、首を少しだけ左に傾ける。
 
「他に、何かあります?」
 神父の問いを聞いた者は首を振り、ソファーから静かに立ち上がった。そして、腰に手を当てて背中を伸ばすと、どこか疲れた様子で欠伸をする。
「では、また何かあったら」
 男性は、そう言うと立ち上がり、伸ばした腕を出入り口のドアへ向けた。一方、その仕草を見た者は苦笑し、無言のまま部屋の外へと向かって行く。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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