破滅への楔

文字数 1,787文字

 ユーグが家で眠っていた頃、シュバルツは教会の一室に赴いていた。青年はその部屋に在るソファーへ腰を下ろしており、その眼前には神父の姿が在る。
 神父はやや上体を前に傾けてシュバルツの目を見つめており、青年は難しそうな表情を浮かべて息を吐いた。
 
「俺、失敗したかも」
 その一言を聞いた神父は首を傾げ、それから小さな声で話し始める。
「失敗、ですか? 捕獲してきた……という報告は受けておりますが」
 神父の問いを聞いた者は苦笑し、後頭部を掻きながら口を開いた。
 
「うん、そっちの仕事は完璧。ちゃーんと、俺の魅力を駆使して捕まえたよ? 元々、子供を置いて男に色目を使う雌だったし、それはもう簡単にね」
 シュバルツは、そう言ったところで溜め息を吐き、胸の前で手を組んだ。
「問題はユーグの方。行かせてから気付いたんだけど、今回の仕事、昔のことを思い出させちゃうんじゃないかと思ってさ」
 シュバルツの話を聞いた者は首を傾げ、その仕草を見た青年は目を細める。
 
「ほら、あの子も閉じ込められていたクチじゃん? だから、そのことがフラッシュバックしちゃうんじゃないかなって」
 シュバルツは、そこまで話したところで強く目を瞑った。対する男性は心配そうに話を聞いており、一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませている。
 
「俺さ、子供を助けるだけだから簡単だと思って任せたんだ。でも、今回のあれは、あの子を助け出した状況と似ている。俺自身がやった仕事なのに、忘れるなんて酷いよね」
 そう言って青年は目を開き、自嘲気味な笑みを浮かべる。一方、神父は細く息を吐き出し、シュバルツの目を真っ直ぐに見つめた。
 
「やってしまったことは、悔やんでも仕方ありませんよ。悔やんだところで、何かが変わる訳でも無いでしょうし」
 神父は、そう言うと笑顔を浮かべた。しかし、シュバルツはゆっくり首を振り、覇気のない声で話し始める。
「でも、考えが浅かったのには変わりないよ。少し考えれば、気付いたかも知れないんだから」
 そう伝えると、青年は目を細めて溜め息を吐いた。
 
「私も、フォロー致しますよ。ですから、これからのことを考えましょう」
 神父の台詞を聞いた者は無言で頷き、新たな話を始める。
「ありがと。じゃ、あの話もしちゃおうかな」
 シュバルツは、そう言うと神父の目を見つめて微笑んだ。すると、神父は軽く首を傾け、それからソファーに座り直す。
 
「今日観たニュースなんだけどさ、何処かで見た顔が出ていたんだよ」
 言って、シュバルツは目線を泳がせた。
「俺も、暫くは思い出せなかったんだけど……あの子達の父親だった」
 青年の話を聞いた者は目を丸くし、話し手は辛そうに頭を垂れた。
 
「女にあちこち刺されて重体みたい。重体ってことは、相当だよねー失血も恨みも。どうも、痴情の縺れが原因らしいよ? あの人、昔から見た目

は良かったし」
 シュバルツは、そこまで話したところで顔を上げ、気怠るそうに息を吐いた。一方、話を聞く男性は辛そうに目を細め、無言のまま青年の話を聞き続ける。
 
「で、さ……この事、二人に知らせるべきなのかなって。あんなのでも、一応血は繋がっている訳だし。お姉ちゃんの方はもう大人だから、知らせても取り乱すことも無いと思うし」
 そう言ったところで、青年は神父の目を見つめた。見つめられた神父と言えば、暫く考えた後で頷き、落ち着いた声で自らの考えを話し始める。
 
「先ずは、お姉さんにだけ知らせましょう。その後のことは、彼女の反応を見てから考えれば良いでしょうし」
 そう返すと、神父はゆっくり立ち上がった。そして、彼は自らの仕事机へ向かうと、そこに置かれた電話へ手を伸ばす。
 神父は、受話器を手に取ると数字の書かれたボタンを幾つか押し、相手に繋がるまで静かに待った。程なくして電話が繋がった時、神父は笑みを浮かべて話し始める。
 
「お客様がいらっしゃったので、お願いします。ええ、ええ、三人分で……それで、出来ればシスターアンナに」
 神父は、そこまで話したところでシュバルツの顔を一瞥した。対する青年は小さく頷き、神父の考えを理解したことを無言で示す。
 
「はい、ありがとうございます。では、お願い致しますね」
 そう言って神父は受話器を置き、シュバルツの居る方へ戻って行った。その後、彼は青年の隣に腰を下ろし、そのままアンナの到着を待つ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み