灰色の空

文字数 3,592文字

 ユーグが空を見上げると、太陽は灰色の雲で隠れてしまっていた。そのせいか、ユーグはつまらなそうに溜め息を付き、ゆっくりとした足取りで病院へ向かって行く。
 病院に到着したユーグは受付で手続きを済ませ、助けた子供が入院している部屋へ向かって行った。病院の廊下は明るくもどこか冷たく、ユーグは漂う薬品の匂いに顔を顰めることもあった。ユーグは、目的とする病室の前で立ち止まると、手に持った箱を一瞥する。その後、部屋番号の下に書かれた名前を確認すると、足音をたてないようにして部屋へ入った。
 
 病室のベッドには、小さな子供が寝かされており、突然の訪問者に気付くなり体を強張らせた。その子供の肌には所々に痣が残り、碧い眼には恐怖の色が浮かんでいる。また、褐色の髪に艶は無く、小刻みに震える指先は荒れていた。
 一方、子供の緊張を感じ取ったユーグは歩くのを止め、少年の目を見つめて話し始める。
 
「怖かったらごめん。でも、姉さんが作ったやつ渡したくて」
 ユーグは、そう伝えると少年に近付き、持参した箱を差し出した。しかし、少年は直ぐにそれを受け取らず、目線を泳がせながら腕を伸ばしたり手を開閉させたりを繰り返す。少年の仕草を見たユーグは困った様子で首を傾げ、それから紙箱の蓋を開けた。そして、少年と目線の高さを合わせるようにしゃがみ込むと、箱を傾けてその中身を子供に確認させる。
 
「怪しく、ないし。美味しい、もの。出来てから、そんなに、経って、ないし」
 ユーグは、そう言うと箱からビスケットを取り出して口に放り込んだ。それを見た少年と言えば、その様子を素早い瞬きをしながら目で追っている。それは、甘い香りのする菓子に興味を持っているようにも見えた。この際、少年の目線に気付いたユーグは新たに菓子へ手を伸ばし、ゆっくり咀嚼をしながらビスケットの味を堪能する。すると、少年の瞬きの回数は次第に減り、箱に入っている食物を真剣に見つめるようになった。
 
「美味しいのに」
 ユーグは、そう言うと溜め息を吐き、つまらなそうに頬を膨らませる。対する少年は唇を震わせながら目線を落とし、絞り出す様に言葉を発した。
「食べて……良いのですか?」
 子供の声を聞いたユーグは、持っていた箱を少年の前に置き、しゃがんだ姿勢のまま小さく頷く。
 
「ん。その為に持ってきた」
 ユーグは、そう言うと目を瞑り、少年は眼前に置かれた物を見る。そして、箱に入れられた菓子を一つ掴むと、恐る恐るそれに齧りついた。
「どう?」
 ユーグの問いを聞いた者は顔を上げ、慌てたように菓子を飲み込む。そして、ユーグと菓子を交互に見やると、掠れた声で答えを返した。
 
「あったかい……です、凄く」
 少年の台詞を聞いたユーグは、安心したように目を細めて息を吐き出す。一方、ユーグから菓子を受け取った子供は、口元を押さえながら涙を流した。この時、頬を伝う涙を見たユーグは目を見開き、直ぐに少年の顔を覗き込む。
 
「だいじょ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、違うんです、違うんです」
 少年はユーグの言葉を遮って話すと、強く目を瞑って唇を噛んだ。
「ごめんなさい。痛いとか、そう言うのは無いです。でも、勝手に涙が出てきて」
 少年の台詞を聞いたユーグは困った様子で頭を掻き、発言者は左手で涙を拭いながら苦笑する。
 
「謝る、必要、無い。フェリクス、悪いこと、してない、から」
 ユーグの話を聞いた少年は顔を上げ、不思議そうに話し手の目を見つめた。少年に見つめられた者はフェリクスが思っていることを推察し、十秒程経った所で声を発する。
「そっか。自己紹介、して、なかっ、たっけ」
 ユーグは、そう言うと照れくさそうに笑い、それを見た少年も笑顔を作る。その後、ユーグは少年が病院に来るまでのことも含めて自らのことを話し、そこからフェリクスという名を知ったことも伝えた。
 
 フェリクスは、ユーグの話を頷きながら聞いており、話を聞き終えた頃には涙が渇いていた。
「だから、怯えない、でね」
 ユーグの声を聞いた少年は大きく頷き、話し手は安心した様子で目を瞑る。
 
「良かった。じゃ、渡すもの、あったら。また、来る、ね」
 ユーグは、そう伝えると目を開いて立ち上がる。そして、小さく手を振ると、フェリクスに背を向けて歩き始めた。この際、少年はどこか寂しそうにユーグを見つめており、部屋から訪問者が消えた時には溜め息を吐く。その後、少年は紙箱を見下ろし、その蓋をそっと閉じた。
 
 一方、病室を出た者は廊下を歩いており、なるべく人に合わないようにしながら進んでいた。ユーグは、そうしながら病院を出、来た道を無言で戻っていく。外に出たユーグが目線を上へ向けると、その瞳には空を覆う黒い雲が映し出された。その雲を見た者は目を細めて息を吐き出し、歩く速度を上げていく。
 
 十数分程歩いた時、ユーグの頬を雨が濡らした。そして、初めは小降りだったそれは段々と勢いを増し、ユーグが家に着く頃には景色すらまともに確認出来ない程になる。
 この為、ユーグの髪や服はずぶ濡れとなり、家に入ってからは服から滴る水滴が床を濡らしていった。ユーグは、玄関で立ち止まって服が吸い込んだ雨水を絞り、両手で髪を後ろに向かって撫で付ける。髪や服から水滴が落ちなくなった時、ユーグは小走りで浴室へ向かって行った。そして、浴室に着くなり服を脱ぐと、シャワーの栓を捻って水を出す。

 シャワーから出る水が温かくなった時、ユーグは温んだ水に体を曝した。ユーグは、体が十分に温まった後で浴室を出、体に大判のタオルを巻き付ける。
 タオルを巻いた者は小走りで寝室へ向かって行き、収納から乾いた衣服を引っ張り出した。そして、取り出した黒服を身に纏うと、背を伸ばして欠伸をする。
 
 ユーグは、気が抜けてしまったのか力無くベッドに腰を掛け、そのまま大きなくしゃみをした。その後、手の甲で鼻を擦ると、立ち上がって窓へ近付いていく。
「音……凄い」
 言って、ユーグはカーテンを掴み横にずらす。ユーグがカーテンの隙間から外を見やると、そこでは相変わらず強い雨が降っていた。その状態に気付いた者は深い溜め息を吐き、カーテンを掴んだ手を離して目を瞑る。
 
 天気を確認したユーグは気怠るそうにベッドへ倒れ込み、それから腕を上方に伸ばした。
「タオル、片付けなきゃか」
 そう呟くと、ユーグは湿ったタオルを掴んで浴室へ向かった。浴室に着いたユーグはバスタオルを籠へ投げ入れ、直ぐに寝室へ戻って行く。そして、ベッドへ勢い良く横になると、頭の後ろで手を組んだ。
 
 仰向けに寝るユーグは両足を揃えて軽く曲げ、息を吸い込みながら上体を起こした。ユーグは、胸を膝に付けると息を吐きながら上体を倒し、それを何度も繰り返していく。
 単調な運動を百回程繰り返した後、ユーグはうつ伏せに寝転んだ。その後、ユーグは手を腰の位置で組むと上体を逸らし、それを何度も繰り返していく。
 
 息が荒くなってきた頃、ユーグは動くことを止めて掛布団に顔を埋めた。ユーグは、暫くそうした後で立ち上がると、喉の渇きを潤す為に台所へ向かって行く。
台所に着いたユーグは、自分用のマグを用意し冷水を注ぐ。そして、注いだ水を一気に飲み干すと、安心したように目を細めた。
 
 ユーグは、再度マグに水を注ぐと寝室へ向かい、冷水の入った容器をローテーブルに置いた。そして、ベッドに横になると、先程もやった運動を繰り返し始める。
 ユーグは、疲れ切ったところで用意した水を飲み、目を瞑る。そして、額にかいた汗を手の甲で拭うと、その姿勢のまま眠りに落ちてしまった。
 
 それから数時間が経ち、ユーグの居る部屋には姉が現れる。アンナは、ベッドに横たわるユーグを見るなり微笑み、寝ている者の肩を軽く揺すった。すると、ユーグは薄目を開けて姉を見上げ、一度強く目を瞑ってから体を起こす。
 
「んあ、姉さん、お早う」
 そう言葉を発すると、ユーグは左手で瞼を擦った。一方、アンナは手の平を合わせると首を傾げ、ユーグの目を見つめて口を開く。
 
「良く眠れた? 御飯の用意が出来ているけど、ユーグも食べる?」
 その問いを聞いた者は頷き、ベッドから足を下ろして立ち上がった。そして、両腕を交互に上へ伸ばすと、アンナの顔を見つめて笑みを浮かべる。
 その後、二人はリビングへ向かい、アンナが用意した料理を食べ始めた。二人は、他愛無い話をしながら食事を進め、アンナは食べ終わったところで片付けを始める。
 
 そうして、ゆっくりと時間は過ぎていき、二人の一日は穏やかに終わった。
夜が明けた時、雨はすっかり止んでおり、地面も乾き始めていた。温かな光で目覚めたユーグは窓越しに晴れ渡った空を見上げ、安心した表情を浮かべる。そして、アンナと共に朝食を終えると、揃って教会へ向かって行った。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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