希望と絶望

文字数 4,487文字

 レイラが願いを話してから数日後、姉妹は看護師が用意した服に着替えていた。その服は、動きやすいようにと考えてかゆったりとした大きさで、転ばないように裾丈が調節されている。また、姉妹の髪は看護師によって綺麗に纏められ、その出来はレイラにもセーラにも好評だった。
 
 姉が持つトートバッグは、白い布地に明るい色の花が描かれていた。また、バッグには姉妹が描いた絵が入れられており、レイラはそれを大事そうに抱えている。一方、セーラは新しい衣服が嬉しかったのか、顔を下に向けて着ている服を眺めていた。
 
 二人の支度が終わった頃、シュバルツが姉妹の病室へと入ってくる。青年の登場にレイラは脅えた様子を見せるが、看護師が居るおかげか彼を拒絶することはなかった。
 一方、青年が来たことに気付いた看護師はシュバルツの方に向き直り、首を傾げながら口を開いた。
 
「じゃあ、後は任せたわね。私は、病院から離れられないから」
 看護師の台詞を聞いたシュバルツは小さく頷き、姉妹の方へ顔を向ける。そして、彼はゆっくり右手を伸ばすと、微笑みながら話し始めた。
 
「じゃ、行こうか。外に車を待たせてある」
 そう話すと、シュバルツは姉妹の顔を順に見つめた。彼の問いに姉妹は頷き、それを見た青年は病室を出る。セーラは、シュバルツの後を直ぐに追い、戸惑っていたレイラも看護師に背中を押されて歩き始めた。
 
 姉妹は、シュバルツの後を追って歩き、青年は彼女らのペースに合わせて進む速度を調節していた。彼らが病院を出ると藍色をした車が在り、その後部座席の窓硝子は黒く塗られている。シュバルツは、運転席に座る者へ目配せをすると右後方のドアを開け、姉妹に乗車するよう促した。すると、レイラは戸惑いながらも車に乗り、その後を追うようにしてセーラも乗車する。
 
 青年は、二人がちゃんと座ったことを確認した後でドアを閉め、自らは助手席に腰を下ろした。三十代と思しき運転手と言えば、シュバルツが助手席に座った数秒後に車のエンジンを掛け、無言でアクセルを踏み込んだ。
 
「ちょっと、今日くらいはゆっくり行こうよ」
 シュバルツは、そう言うと運転主の横顔をじっと見つめた。しかし、ハンドルを握る者に反応はなく、シュバルツは呆れた風に溜め息を吐く。
 
「ま、付き合ってくれただけでも嬉しいけど」
 シュバルツは、そう言うと目を瞑り、大きな欠伸をする。そして、彼は後ろに座る姉妹の様子をミラー越しに確認し、ゆっくり目線を右に移した。シュバルツがそうした時、姉妹はそれぞれに外を眺めていた。レイラは横目で窓の外を見やり、セーラは体の向きを変えて車外の景色を眺めている。
 
 いつしかレイラは眠りに落ち、セーラは飽きることなく車外を眺めていた。また、運転手とシュバルツの間に会話は無く、助手席に座る者は眠そうに目を細めている。
 数時間ほど経った時、外を眺めていたセーラが高い声を漏らした。少女は、ドアに手を当てながら車外の様子を見つめ、それに気付いたシュバルツは少女の名を呼ぼうとする。しかし、彼が声を出す前にセーラはドアを開けてしまい、車が走っているにも関わらず外に出た。それを見た青年は車を止めるよう運転手へ言い、その声に気付いたレイラは目を覚ます。
 
 青年の話を聞いた運転手は路肩に車を停め、シュバルツは直ぐに車を降りた。この時、既にセーラの姿は小さくなっており、それに気付いたシュバルツは舌打ちをして走り出す。
 セーラは、何を思ってかシュバルツから遠ざかるように進んでおり、それは小さな体から想像できない程に早かった。それに気付いた青年は不思議そうな表情を浮かべ、走る速度を落としていく。
 
 その後、セーラは連れ立って歩く男女の前に回り込み、右手を伸ばして男性の服を掴んだ。一方、それを見た女性は怪訝そうな表情を浮かべ、セーラを見下ろしながら口を開く。
 
「ちょっと、何この気持ち悪い子供?」
 女性は、そう言うと後退り、隣に居る男性を一瞥する。その女性は胸に赤子を抱いており、セーラを見下ろしながら抱く力を強めた。一方、男性はセーラを見下ろして驚いた様子を見せ、それから困ったように首を振る。
 
「いきなり飛び出してきて……親は何をしているのかしら?」
 女性がそう言い放った時、セーラを追って来たシュバルツが到着する。青年は、セーラを見下ろすとその名を呼ぶが、名を呼ばれた少女が反応することは無かった。
 
「貴方が父親? だったら、子供を躾なさいよ」
 女性がそう言った時、シュバルツは声のした方に顔を向けた。彼は、女性の顔を見た後で男性の顔を見、胸元を押さえながら笑い始める。
 
「まっさかあ。俺、そんな年じゃ無いし」
 シュバルツは、そこまで話したところで男性の目を真っ直ぐに見つめた。彼が見つめる先には、数日前にレイラが見せられた写真に写っていた者が居り、その男性の額には汗が浮かんでいる。
 
「俺は、この子を

。ま、父親が躾どころか全ての責任を放棄したのは事実だけどね」
 シュバルツは、そう言うと口角を上げ、小さく声を出して笑った。彼の仕草を見た男性は手を震わせ、セーラを見下ろして唇を噛む。
 
「子供って不思議だよね、一度捨てられたのにさ」
 青年の言葉を聞いた男性は目を見開き、セーラの存在を拒否するかのように突き飛ばした。突き飛ばされた少女は腰を強く打ち付け、涙を浮かべながら男性の顔を見上げる。対する男性は少女の視線から目を逸らし、拒絶された少女は目を瞑って叫び声を上げた。
 
 セーラは、耳を塞ぎたくなるような声を発し続けた後、全身を震わせて気を失った。それを見た青年は少女を抱き上げ、眉根を寄せて男性を睨み付ける。
「そこまで腐っているとは思わなかったよ。いや、逆に言えば

かもね」
 シュバルツは、そう言い残すとセーラを抱いたまま男性に顔を近付けた。彼は数秒間そうした後で後退し、男性を馬鹿にするように溜め息を吐く。
 
「もう止めてください!」
 その時、レイラの悲痛な声が響き、シュバルツらは声のした方へ顔を向ける。すると、レイラが大粒の涙を流しながら立っており、その瞳は強く閉じられていた。また、少女の拳は力の限り握られ、華奢な肩は小刻みに震えている。
 
「セーラが……セーラが可哀そう。もう、パパなんてどうでも良いから、だから」
 レイラは、そこまで話したところで涙を拭い、赤くなった瞳でシュバルツの目を見つめた。少女の目線に気付いたシュバルツは悲しそうな表情を浮かべ、無言でレイラの目を見つめ返す。
 
「だから……もう、帰りたいです」
 レイラの台詞を聞いたシュバルツは頷き、セーラを抱いたまま歩き始めた。彼は、レイラの歩く速度に合わせて進み、それを男性が無言で見つめている。
 
 シュバルツは、藍色の車の横で立ち止まり、後部座席のドアを開けた。彼はセーラをそっと座席に寝かせ、それからレイラに目配せをする。彼の目線に気付いたレイラは車に乗り込み、それを見たシュバルツは外からドアを閉めた。そして、青年は直ぐに助手席へ乗り込むと、運転手に車を出すよう告げる。
 
 シュバルツの言葉を聞いた運転手は首を傾げ、何が起きたのかを探ろうとした。しかし、青年が首を振った為、運転席に座る者は無言で車のエンジンをかける。
 その後、車内は静まり返ったまま病院に到着し、シュバルツは気を失ったままのセーラを抱いて車を降りる。セーラの姉は、妹を心配しながら青年の後を追い、仕事を終えた運転手は直ぐに車を走らせた。
 
 シュバルツは、真っ直ぐ姉妹の病室へ向かうとセーラをベッドに寝かせ、レイラは横たわる妹を心配そうに見つめる。そんなレイラを青年は辛そうに見つめ、頭を下げながら口を開いた。
「ごめんね。俺がちゃんと気を付けていれば、こんなことには」
 シュバルツの台詞を聞いたレイラは激しく首を横に振り、充血した眼で青年を見上げた。そして、レイラは無理に笑顔を作ると、青年を見上げたまま口を開く。
 
「違う……近くに居たのは私だし、私がパパに会いたいなんて言わなければ良かったの」
 レイラは、そう言うと目を伏せ、上着の袖で涙を拭った。レイラの様子を見た青年は困った様子で頭を掻き、少女に返すべき言葉を模索する。しかし、直ぐに上手い言葉が浮かばなかったのか、青年は困ったように首を傾げた。
 
「ごめんなさい。暫く、二人きりにさせて下さい」
 レイラの願いを聞いたシュバルツは肯定の返事をなし、静かに病室から立ち去った。一方、レイラは立ったままセーラの顔を見下ろし、乱れてしまった栗色の髪を優しく撫でる。
 
「ごめんね、セーラ。ごめんね、ごめんね」
 レイラは、そう言うと目を瞑り、大粒の涙を溢した。少女は、零れる涙を何度も拭い、上着の袖はその度に涙で濡れていく。その後、レイラは何度も謝罪するが、突き放されたことが余程にショックだったのか、セーラが目を覚ます様子は無かった。
 
 涙が枯れた頃、レイラは鼻を啜りながら妹のベッドに顔を埋めていた。少女の肩は時折小さく震え、背中はゆっくりと上下している。一方、セーラは胸だけを上下に動かし、未だに起きる様子は無かった。この為、病室は重い空気に包まれ、それが姉妹以外の入室を拒んでいるようでさえある。
 
 病室を出たシュバルツは、一人で病院の廊下を歩いていた。俯いて歩く彼の表情は暗く、青年は曲がり角に来たところで顔を上げる。
 彼が顔を上げた時、その目線の先には姉妹を担当する看護師の姿が在った。看護師は、シュバルツの様子が気になったのか、首を傾げながら口を開く。
 
「どうしたの、シュバルツ? レイラちゃん達と何かあった?」
 看護師の問いを聞いた青年は目線を泳がせ、気まずそうに頭を掻いた。
「そうなんだけど……ここじゃ、話しにくいかな」
 シュバルツはそう言うと苦笑し、看護師の目を無言で見つめる。対する看護師は小さく息を吐き出し、微笑みながら青年の目を見つめ返した。
 
「分かった。じゃあ、何時もの部屋で待っていて。そこで詳しい話を聞くわ」
 看護師は、そう言い残すと青年の返事を待たずに歩き始めた。彼女の話を聞いたシュバルツは小声で肯定の返事をなし、左側の廊下に歩みを進める。
 その後、彼は何も書かれていないドアの前で立ち止まり、静かに周囲を見回した。シュバルツは、回りに誰も居ないことを確認してからドアを開け、素早くその部屋へ入る。
 
 部屋には古い木製のテーブルが在り、その天板は正方形をしていた。また、その周りには四脚の椅子が置かれ、椅子のそれぞれには背もたれが付いている。
 その部屋には小さな窓しか無く、それは厚めのカーテンで覆われていた。それ故、部屋の中は暗く、ドアを閉めると中の様子は殆ど見えない。
 
 その部屋の天井に照明器具は在ったが、シュバルツはそれを点けること無く椅子に座った。青年は、背もたれに体重を預けると目を瞑り、大きく息を吐き出す。その後、彼は薄眼を開けて顔を上げ、そのまま看護師の到着を待った
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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